95話 賢者アルテの野望
今回と次回はアルテ視点です。
賢者アルテは皇女フィリアをともなって、遺跡の地下へと全速力で進撃していた。
若干の無理はしているし、そのせいで重傷を負ったり死んだりして脱落する冒険者の数が増えた。
が、多少の犠牲はやむをえない。
それに、十層の最後に控えていた魔族を倒すのは苦労したが、十一層より深くなると、魔族の死体は見つかるけれど、敵自体はほとんど現れない。
ともかく早く攻略を終えてしまうことが重要だ。
攻略が長引けば、予想できない問題が起きる可能性が高くなり、それだけ攻略に失敗する可能性も高くなる。
アルテは救国騎士団の幹部、そして名誉ある賢者だから、冒険者たちの多数はアルテの指揮に従っていた。
冒険者たちは自分に従うのがあるべき姿だ、とアルテ自身も思う。
クレオンが脱落した今、攻略隊全体で最も優れた冒険者はアルテなのだ。
なのに、一部、アルテに反抗的な冒険者たちもいた。
皇女フィリアの護衛たちだ。
いまや彼ら彼女らは、フィリア親衛隊とも呼ぶべき集団となっている。
彼らは行方をくらましたソロンとクレオンの捜索を最優先にすべきだと主張した。
その筆頭がノタラスで、彼はアルテを嫌っているようだったし、アルテもまた彼のことを嫌いだった。
そして、ノタラスたちの背後にはソロンの存在がある。
ソロンはいつもアルテを苛つかせる。
ソロンは聖ソフィア騎士団の副団長だったとき、騎士団運営の主導権を握っていた。
自分より弱いくせに、偉そうにして、本当に目障りだったとアルテは思う。
そして、何よりも許せないのは、大好きな聖女ソフィアをソロンが奪ったことだった。
だからソロンが第七層の罠にかかって崩落に巻き込まれたのを見ても、いい気味だとしか思わない。
クレオンがいなくなるのは戦力減という意味では困るし、優れた冒険者がいなくなるのは惜しい。
けれど、ある意味、クレオンさえいなくなれば、自分が騎士団筆頭になれるという利点もある。
それに、最近のクレオンはなぜか自分に対して冷たかった。
だから、別に助けに行こうとまでは思わない。
皇女フィリアがソロンは生きていると強く主張し、自ら救出に行こうとしたが、それは困る。
皇女殿下には、魔王復活の犠牲になってもらわないといけない。
皇女フィリアを復活の生贄とするのも一見すると政治的な問題になりそうだが、クレオンによれば、政府と取引して許可を得ていると言っていた。
だから、皇女には救出隊を派遣することでしぶしぶ納得してもらい、こちらについてきてもらった。
どちらにしても、間違いなくソロンもクレオンも死んでいる。
この数百年、誰も攻略できなかった死都ネクロポリスの制覇の栄誉は、アルテが独り占めすることになる。
そして、魔王復活によって手に入る膨大な魔力も、軍に差し出す分を除けば、アルテ一人のものになる。
かつて誰も手にしたことのない、圧倒的な力をアルテは手に入れる。
そうなれば、憧れの聖女ソフィアを超えることになるし、もしかしたらソフィアも自分のもとに戻ってきてくれるかもしれない。
アルテは思わず笑みをもらしたが、妹のフローラは心配そうに黒い瞳でアルテを見つめた。
「お姉ちゃん。あたしたち……大丈夫かな?」
「さっきからあたしたちは快進撃を続けてるでしょ? 十層を過ぎてからは敵もすごく少なくなったし」
「……おかしいよ。どうして魔族がぜんぜん現れないの? それに、遺跡の道の脇に転がっている魔族の死体、これ、誰が倒したの?」
「さあ? 魔族同士が共食いをすることもあるっていうし、そういうこともあるんじゃない?」
そう言っても、フローラはなおも不安そうにしていた。
アルテとフローラは双子なのに、正反対の性格をしていた。
ともかく、フローラは気が弱い。
魔法学校時代だって、いじめられているフローラを助けるのが、アルテの日課だった。
フローラが小さくつぶやく。
「お姉ちゃんは、はじめて聖女様に会ったときのことを覚えてる?」
「忘れるわけない。魔法学校の一年生のときに、聖女様があたしたちを助けてくれた」
「ソロン先輩と知り合ったのも、そのときだったよね」
アルテは美しい眉をひそめた。
たしかにそのとおりだが、聖女のおまけだったソロンのことなんてどうでもいい。
けれど、フローラはそうは思っていないようだった。
「あのとき、私たちを助けたのは聖女様じゃない。ソロン先輩に私たちは助けられたんだよ」
フローラは黒い艷やかな髪を指先でそっと触りながら、静かに言った。
攻略隊の先頭を進みながら、アルテは少しだけ昔のことを思い出した。
次回はアルテの回想で、明日の朝ぐらいに投稿します!
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