89話 翼ある者
クレオン率いる本隊は、第七層の攻略を終えようとしていた。
俺もフィリアたちとともに攻略隊についていっているわけだけれど、他の冒険者を見回せば、すでにかなりの脱落者を出している。
七層の道は広いとは言えず、宮殿の各部屋は岩石や土砂に埋もれていた。
豪奢な陶器のかけらがあたりに散らばっていて、かろうじて古代の宮殿であるという姿を留めている。
黒魔道士ナーシャも白魔道士のリサも、だいぶ疲れた顔をしていた。
二人はフィリアの護衛だが、それでも攻略隊全体の方針に従って、魔術師として片時も休む間もなく後方支援に従事させられていた。
「ソロンさんはぜんぜん平気そうなんですね……!」
リサがちょっと驚いた感じで言う。
魔法剣士である俺も支援魔法で側面から戦いに参加している。
ラスカロスたちにフィリアの警護をお願いして、かなり頻繁に前線で戦ってもいる。
でも、俺はそんなに消耗していない。
隣のラスカロスやノタラスも同じで、さらにクレオン、アルテ、フローラたちも一切疲弊した表情を見せていない。
それらは全員、旧聖ソフィア騎士団の幹部や上級団員だ。
旧団員のほとんど全員がまだ攻略から脱落していない。
ナーシャやリサたちだって、帝国では上位に入る冒険者だ。
けれど、仮にも最強を歌われた聖ソフィア騎士団の団員は、他とは隔絶した実力を誇っているということだろう。
「さすがソフィア様の恋人ですね!」
「ソロンさんはソフィアさんの恋人なんですか?」
リサの言葉につられて、ナーシャが興味深そうに俺に問う。
リサはともかく冷静なナーシャまでこういう話題に興味があるとは思わなかった。
俺が答えようと口を開きかけると、フィリアが俺の袖を引っ張った。
じーっとフィリアが俺の瞳を見つめる。
どうしたんだろう?
「ソロンはソフィアさんの彼氏じゃないものね」
「え?」
「そうだよね?」
「はい。そうですが……」
振り返ると、リサもナーシャも、ついでにノタラスもにこにことしている。
みんな笑顔で、不気味だ。
「皇女様はヤキモチやいているんですね!」
リサがくすくすと笑いながら言う。
他二人もうんうんとうなずいていた。
ただラスカロスのみが表情を変えず、退屈そうに言う。
「そろそろ第七層のボスとの戦いです」
彼の言うとおりで、先頭のクレオンが重たい鉄の扉を開けようとしていた。
事前に調べた情報からすると、ここは攻略の難所の一つだった。
多くの冒険者たちが第七層で攻略を諦めるか、あるいは全滅している。
フィリアが不思議そうに首をかしげる。
「ね、ソロン。いったいどんな敵がいるの?」
「いろいろな文献を見ると、虎だと書いてあります」
「トラ? 虎って、猫を大きくして怖くしたやつのこと?」
「まあ、だいたい合ってます。もっともただの動物ではなく、魔族ではあるのですが」
それにしても、虎が多くの実力ある冒険者たちを撃退してきたというのは不思議だった。
龍なりゴーレムなり、そういう高位の魔族ならわかるけれど。
「それ以外にわかっているのは、水魔法に弱いというぐらいでしょうか」
「ふうん。それならわたしの水魔法攻撃でもちょっとならダメージを与えられるかな?」
「頑張れば可能かもしれませんけど、でも、危ないですからフィリア様は後ろで見ててくださいね」
「残念」
とつぶやきながらも、フィリアはあっさりと納得した。
すでに攻略には撤退者も出ているし、困難の度合いがより大きくなったことに気づいているんだろう。
仮にフィリアがうまく攻撃を成功させたとして、それで魔族の目がフィリアに注がれるのは避けたい、
クレオンたちに続き俺たちは扉の向こうへと進んだ。
そこはかつての宮殿の大広間で、大理石が敷き詰められた真っ白な空間だった。
そこには四本の大きな柱が立っているほかは、何もなかった。
「何もいないじゃないですか」
賢者アルテは拍子抜けしたようにつぶやいた。
たしかにその広間には何もいなかった。
けれど、俺は敵の存在に気づいた。
「上だ」
クレオンが短くつぶやいた。
冒険者たちが一斉に天井を見上げる。
古代王国の王都の宮殿だけあって、その天井はおそろしく高い位置にあり、広間の大きさをうまく演出していた。
けれど、その天井にはいくつか大きな穴が空いていて、穴の向こうは暗闇に包まれていた。
そこは六層と七層のあいだにある空隙だ。
そして、その暗闇のなかから、一匹の鳥が姿を現した。
いや、鳥じゃない。
それは翼のある虎だった。
黒と黄の縞模様の身体を誇り、威厳に満ちた金褐色の瞳で俺たちを睨んでくる。
「翼虎……か」
伝説では聞いたことのある存在だ。
古代王国時代の昔話に、人の善悪を見抜き、懲罰を下す霊獣として登場する。
翼虎は急降下して、冒険者たちの頭上をかすめた。
その虎の脚は鉤爪のようになっていた。
魔術師の女性の一人が翼虎にさらわれ、甲高い悲鳴を上げる。
その女性はそのまま振り下ろされ、壁に叩きつけられ。
次の瞬間、翼虎は口を大きく開けた。
その喉からは紅蓮の炎が吐き出され、こちらに迫ってくる。
多くの冒険者たちが恐慌をきたすなか、クレオンは聖剣を抜き放ち、一歩前へ踏み込んだ。
黄金色に輝く聖剣は、燃え盛る炎の流れを正面から受ける。
俺とラスカロスらもそれに続き、前衛として防御に加わろうとした。
だが、一部は支えきれず、翼虎の真下にいた剣士の男が炎の直撃を受けた。
絶叫は一瞬で途切れ、後に残ったのは人形の真っ黒い影だけだった。
それを見て、恐れをなした何人かの前衛の冒険者たちが逃げ出そうとする。
しかし、彼らは逃げることができなかった。
アルテが後ろから彼らの手前めがけて炎魔法を放ったからだ。
炎の柵が彼らの退路にできる。
「弱い者は魔族に殺され、逃げる人はあたしが殺します。さあ、命を賭して戦ってください!」
彼らは呆然とした様子になり、それから慌てて敵へと引き返した。
こうでもしないと、戦意を保てないのだ。
所詮、烏合の衆ということだろう。
攻略隊はとりあえず優秀そうな冒険者をかき集めて作られている。
救国騎士団の幹部以外は、劣勢に追い込まれれば、戦意をすぐに失ってもおかしくない。
「仲間の逃げ道を奪うようなやり方はやめておくべきだよ、アルテ」
俺が戦いながら言うと、アルテはむっとした顔をして、黒色の瞳で俺を睨んだ。
「先輩に指図される覚えはありません。せいぜい盾になっていてくださいよ。先輩の攻撃じゃ、あの魔族は倒せませんからね」
そう言うと、アルテはにやりと笑い、ヤナギの杖を高く振りかざした。






