88話 裏切り者死すべし
ネクロポリス攻略作戦は同時に三方向の進路から進められている。
救国騎士団団長のクレオンが率いる本隊のほか、二つの別働隊が攻略を進めているが、そのうちの片方が守護戦士ガレルスの率いる第二隊だった。
ガレルスは聖ソフィア騎士団の元幹部で、名門伯爵家の次男である。
その盾役としての実力の高さは、帝国屈指のものであった。
その部下の冒険者達もみな優秀な者ばかりで、本隊と比べて遜色なかった。
しかし、ガレルス隊も遺跡攻略には苦戦していた。
すでに第五層の時点で冒険者の二割を失った。
重傷で後方に搬送されたのはいい方で、命を落とした者もなかにはいる。
そんななか、ガレルス隊の副隊長のリロルケスは苦々しい表情で、腹心の女性ミレアと話し込んでいた。
ガレルスら他の冒険者から離れ、狭い分道のほうまで来ている。
彼らに謀議を聞かれないためだった。
やっと第五層のボスを倒し、冒険者たちはぐったりとして、それぞれ壁に寄りかかっている。
疲労のあまりか、眠りこけている者もいる。
リロルケスはそんな現状に不満があった。
彼はまだ二十になったばかりで若いが、もともと金印騎士団の団長だった。
金印騎士団は帝国で最も古い歴史をもつ冒険者集団の一つで、百年前からリロルケスの家系の人々が代々、団長職を世襲していた。
金印とは結成時に皇帝からくだされた騎士団の象徴で、今もリロルケスが身につけている。
名門騎士団なのだが、最近は凋落が激しく、資金も不足したため、やむなく救国騎士団に吸収されたのだ。
だから、リロルケスとしては、ガレルスなどの下風に立つのは面白くない。
元騎士団団長の自分こそが分隊の隊長になるべきだと思っている。
この分隊は金印騎士団の団員がかなりの数、含まれているからだ。
なんなら騎士団の副団長の地位だって、アルテなどではなく自分に渡すべきだと思っていた。
少女ミレアも、リロルケスの考えに賛同してくれていた。
ミレアはリロルケスの使用人の娘で、二つ年下の幼馴染でもあった。
金印騎士団の騎士団員として、ずっとリロルケスを支えてきたのだ。
ミレアはその美しい緑色の髪を書き分け、金色の瞳でリロルケスをじっと見つめていた。
「リロルケス様。やっぱり、この攻略作戦は無謀ですよ」
その言葉にリロルケスはうなずいた。
(潮時だな……)
もともとリロルケスはこの攻略作戦にやる気がなかったが、元部下の金印騎士団の団員が死んでいく姿を見て、積極的に中止すべきだと思った。
このままいけば、自分もミレアも死にかねない。
「といっても、ここで攻略作戦を中止しようなどと言っても、あのガレルスたちは賛成しないよね」
「なら、ガレルスとその側近を殺してしまいましょう。うっかり魔族に倒されたことにすればいいんです。そうすればこの分隊の指揮権はリロルケス様に移ります」
「そして、残った全員で引き上げればいい、か」
あの傲慢なガレルスなら、殺しても良心は痛まない。
その結果として、本隊ともうひとつの分隊は退路を絶たれることになるが、構いはしない。
結局のところ、リロルケスにとって大事なのは、この分隊にいる仲間たちと、ミレアなのだった。
「ミレア……この作戦から帰還したら、大事な話があるんだ」
「大事な話、ですか?」
ミレアが首をかしげる。
リロルケスはミレアに告白し、ゆくゆくは彼女を妻とするつもりだった。
公私ともにリロルケスを支えてくれる存在は、ミレアしかいない。
そうリロルケスは確信していた。
そのとき、近くから物音がした。
振り返ると、守護戦士ガレルスがいた。
ガレルスは鋼の大きな鎧に身を包んだ大男だ。
屈強さの上に、貴族の傲慢さを載せたような人間、というのがリロルケスの印象だった。
「なんの御用かな、隊長殿」
リロルケスはガレルスに尋ねたが、ガレルスは薄く笑うのみだった。
嫌な予感がして、リロルケスはとっさに剣に手をかけた。
しかし、すべては遅すぎた。
「裏切り者は死ぬべきだよなあ?」
ガレルスの言葉の次に、ミレアが「あっ」と小さく声を上げて、崩れ落ちた。
その胸にはガレルスの剣が深々と突き立てられていたのだ。
ガレルスが剣を抜くと、ミレアの胸からは止まることなく血が流れ、そして、しばらくびくびくと痙攣した後、動かなくなった。
リロルケスはしばらくして理解した。
ミレアが死んだのだ、と。
「ガレルス……貴様……!」
激昂したリロルケスはガレルスめがけて剣を振りかざした。
次の瞬間、リロルケスはガレルスの剣に身体を貫かれていた。
血を吐きながら、リロルケスは考えた。
いったい何がいけなかったというのだろう?
自分が死ぬのはいい。
だが、自分を慕ってくれていたミレアも殺されてしまった。
幼い日のことを思い出す。
ミレアは熱を出して寝込んだリロルケスのことをずっと看病してくれた。
心配そうに自分を覗き込むミレアの姿が思い浮かぶ。
(ずっと僕のために尽くしてくれていたのに……)
最後まで、ミレアに対して何もしてやれなかった。
後悔の念に駆られるリロルケスに、ガレルスが上から声をかける。
「悪く思うなよ。裏切ろうとしたあんたらが悪いんだ。あんたらは気づいちゃいないだろうが、アルテの開発した魔装具でずっと盗聴してたんだよ」
「……うかつだったな」
「だいたい、あんたらの実力では、オレを殺すことなどできんぜ。もっとも、クレオンの命令では、どのみちあんたは戦闘のどさくさに紛れて殺す手はずになっていたんだけどな」
「なぜ……?」
「あんたがいれば、金印騎士団の団員が結束してオレたちに反抗しかねんからな。力がない者は惨めなもんだ。あんたは何ひとつ守れずに死んでいく。あんたの部下たちにはせいぜいこの戦いで犠牲になってもらおう」
リロルケスは悔しさのあまり声を上げて、ガレルスを罵倒しようとしたが、もう声も出なかった。
「あの世でオレの大活躍を見ててくれよ。救国騎士団の新副団長となる、このガレルスの活躍をな」
副団長は賢者アルテだったはずでは、とリロルケスは朦朧としながら思った。
でも、もうそんなことはどうでもいい。
自分は死ぬのだから。
ミレアの声が聞こえたような気がした。
「大丈夫。この先も一緒ですよ」
本当にそうなんだろうか。
死後の世界なんてものがあるのかもしれないが、それでもミレアが隣にいるのなら。
自分は救われる。
そこでリロルケスの意識は途切れた。






