86話 灰色竜種
第二層はときおり魔族が出現するものの、基本的には攻略済みで、道も整備されている。
言ってみれば、人類の住む第一層と、魔族の住む第三層以下とのあいだのクッションみたいな役割を果たしているのだ。
俺たちは難なく第二層を過ぎ去って、ネクロポリス攻略地下第三層へと進んだ。
同じ頃、守護戦士ガレルスたちの第二部隊、魔導騎士レティシアたちの第三部隊も、それぞれ別の道から第三層に突入しているはずだ。
第三層に入ったあたりで、クレオンが言う。
「さっきみたいに松明が消えるのは困るからな。悪いが、何人かに照明魔法を交代しながら使ってもらうことにしよう」
クレオンは自分の騎士団の団員に声をかけた。
いずれもかなりの実力の魔術師ばかりに見えたし、そんな彼ら彼女らが照明魔法という単純な魔法のみを使い続けるわけだ。
攻略隊の人材の厚さを物語っている。
けれど、照明魔法ばかりを使うことになる魔術師からすれば不満だろう。
せっかく史上類をみない遺跡攻略なのだから、華々しく強敵を倒して活躍したいと思うに違いない。
そうでなくとも、照明魔法を使っていれば反撃は遅れるし、自分の身も危険にさらされる。
一人の女性がまさにそういう理由で異議を唱えた。
女性、というよりはまだ少女といったほうがいいぐらいの年齢だ。
全身を黒で統一した上等な服を身にまとっている。
他にも多くの冒険者が着ているから、クレオン救国騎士団の制服なんだろう。
機能的かつ見栄えも良い服だが、それを着ている少女はかなり小柄で、前髪を短く切りそろえているところも幼く感じさせる。
不満に口を尖らせる表情もあどけなかった。
そんな年齢で攻略隊に選ばれるのだから、相応の魔術の力量を持っているんだと思う。
「わたしは明かりをつけるためにここに来たんじゃないんです! 魔族と戦いに来たんです!」
そうだそうだ、と他に二人ぐらいの魔術師がうなずいた。
もともと冒険者は我が強い人が多い。
自分の力で敵を倒し、遺跡の財宝を手にして、利益を得る。
そうした生き方を選ぶ人は、自信を持っている代わりに他人の命令を聞きたがらなくて当然だ。
クレオンは気を悪くしたふうもなく、にっこりと微笑んだ。
「君は金印騎士団の団員だった白魔道士リサだな」
「名前を覚えてくれてるんですか? こんなに団員は大勢いるのに」
リサと呼ばれた少女はちょっと驚いた様子だった。
クレオンはうなずき、穏やかな口調で言った。
「そのとおり。なぜなら、君たちは僕の選んだ人材だからだ。君たちの誰もがこの攻略作戦に貢献すると期待しているし、信じている。魔族を倒すことだけが貢献じゃない」
クレオンはそこで言葉を切り、間を置いた。
自然とクレオンに注目が集まる。
そして、クレオンは力強く言い切った。
「このネクロポリス攻略作戦が成功すれば、ここにいる全員は歴史に名を刻むことになる! だから、そのためにそれぞれが最善を尽くしてほしい」
クレオンの演説は達者だった。
たしかに成功すれば、クレオンたちは英雄だろう。
そして、攻略作戦のなかで死んだ人間も英雄として扱われるのだ。
クレオンは攻略作戦のなかで多くの冒険者が死ぬことも折り込み済みなのだ
そんなことを考えていた俺は、ふと軽い違和感を覚えた。
空気の流れがわずかに変化したような、居心地の悪さ。
嫌な予感がする。
俺はとっさに宝剣テトラコルドを抜き放ち、警戒態勢をとり、とっさにフィリアを抱き寄せる。
そして、その判断は正しかった。
次の瞬間、突風が巻き起こり、同時に何人かの冒険者の悲鳴が聞こえた。
文字通り、風に吹き飛ばされたのだ。
灰色にうごめくなにかが、こちらへ向かってまっすぐに突き進んでくる。
「伏せろ!」
俺もクレオンもほぼ同時に叫んだ。
いまだに何が起こっているかわかっていない一部の冒険者たちが、その言葉に反応して地面にしゃがみこんだ。
俺もフィリアを抱きかかえたまま、地面に倒れ込む。。
フィリアが悲鳴を上げる。
敵は人の何倍もの速さで俺たちの頭上を突っ切り、遺跡の壁に激突した。
凄まじい轟音が響き、周りが大きく揺れる。
「灰色竜種ですな……!」
土煙が上がるなか、ノタラスが苦々しげにつぶやく。
それは並の遺跡であれば、三十層や四十層に鎮座するような、恐るべき強敵だった。
賢者アルテ、占星術師フローラ、支援魔道士デュカス、そして聖騎士クレオンといった騎士団幹部たちはさすがにすぐに戦闘態勢に入り、灰色竜種に対して一斉に攻撃を開始していた。
不意打ちだったから、最初こそ適切に対応できなかったものの、他の冒険者たちも竜と戦い始める。
一流の剣士が竜の皮膚を切り裂き、高位の魔術攻撃が竜に降り注ぐ姿は、壮観だった。
けれど、すべての冒険者がそのように立ち直っていたわけわけじゃない。
竜の最初の一撃に巻き込まれた者たちの一部は、重傷を負って動けなくなっているようだった。
その一人が白魔道士の少女リサだった。
少女は壁にしたたかに打ち付けられて、ぐったりとしていた。
身動きがとれないんだろう。
そして、敵は竜だけじゃない。
黒色の狼のような生物が、近くにはいた。
もちろん灰色竜種ほどではないが、かなり手強そうな魔族だ。
たしか、あれはこのネクロポリス固有の種の「魔石狼」だ。
ただの獣ではなく、体内の中心部に魔石を宿し、それをもとに様々な能力を駆使する
事前に大図書館で調べた本に書いてあった。下準備が役に立っているのを実感する。
小柄な少女の身体の二倍はあるだろう魔石狼が、彼女に目を向けている。
ひっ、とリサが小さく悲鳴を上げていた。
涙目の彼女はがたがたと震えている。
このままだと、確実に殺される。
誰も彼もが灰色竜種と戦うことが精一杯で、誰もリサに注目していない。
俺は助けに入ろうとし、一瞬ためらった。
ここに俺がいる最大の理由はフィリアを守ることだ。
なのに、フィリアから離れれば、万一何かが起こったときにフィリアを助けられない。
けれど、フィリアが俺の背中をそっと押した。
「あの子を助けに行ってあげて」
「ですが……」
「わたしは形だけでもみんなの指揮官なんだよ? みんなはわたしの言葉に応えてくれた。それなのに、見捨てたりできないよ」
フィリアは力強くそう言い、俺をまっすぐに見つめた。
俺は迷ったが、俺がいなくても、事前の打ち合わせ通りナーシャとラスカロスの二人もフィリアに片時も離れずについていてくれている。
「……わかりました。殿下のご命令のとおり、魔族からあの少女を救ってみせましょう」
「ありがと。ソロン……わたしたちに勝利を!」
俺は走り出し、そして宝剣テトラコルドをまっすぐに魔石狼へと向けた。






