83話 仲間を集めよう!
ネクロポリス攻略作戦は三日後に前倒しになった。
俺は呆然とした。
隣国との大共和戦争との戦況の悪化が止まらず、遺跡から得られる資源を速やかに軍需物資として充てる必要がある。
それがクレオンの説明だったけれど、きっと魔王の復活による軍事利用を急いでいるのだ。
そうすれば戦況が劇的に変化する可能性がある。
ともかく、こうも早く作戦決行となれば攻略作戦を止めることができない。
クレオンが辞去した後、俺たちはどうすべきか話し合った。
勇者ペリクレスでも倒せなかった敵がいるネクロポリス。
その攻略作戦は無謀なものだと思うけれど、決定的に不可能だという証拠は見つけられていない。
作戦の実行を止められなければ、フィリアの身は危険にさらされる。
もし作戦が実行される場合でも、フィリアが魔王復活の材料にされないように対策を打つつもりだった。
攻略までは一ヶ月近くの時間があったはずだったからだ。
だが、それも不可能になった。
「どこかに逃げるのはダメなの?」
ソフィアがおずおずと提案する。
「どこかってどこに?」
「中立のカロリスタ王国とか外国に行ったらどうかな? 共和国に亡命でもいいかも」
「国境を越えられないと思う」
この戦時に許可なく外国へ出国すれば、それだけで重罪人だ。
首尾よく脱出できればいいけれど、捕まれば俺もフィリアたちもただではすまないだろう。
「なら、ソロンくんの出身地の公爵領に匿ってもらうのは?」
「それも考えたけど、公爵閣下たちを巻き込みたくない。それに、この屋敷には監視がつけられている」
「監視?」
ソフィアはきょとんとした顔をした。
一方、ルーシィはすでに監視用の魔力結界と、数名の魔術師が屋敷周辺に配備されていることに感づいているようだった。
周辺の魔力量の変化から探知することができるのだけれど、そもそも監視がつけられるという発想がなければ気づけない。
ソフィアも言われてはじめて、監視者たちの気配がわかったようだった。
屋敷の内部には結界が張ってあるから、監視の目は届かないが、一歩でも外に出れば彼らに探知される。
「もし俺たちが逃げようとすれば、すぐにでもクレオンたちが俺たちを拘束しにくるよ」
監視者たちを倒すことは、ソフィアとルーシィがいれば可能だろう。
もしかしたら、追手の第一陣も撃退できるかもしれない。
だが、逃亡先にたどり着く前に確実に捕まる。
敵は政府だからだ。
「でも、このままじゃソロンくんたちがネクロポリスでひどい目にあっちゃう」
ソフィアが泣きそうな顔で言う。
ネクロポリス攻略の主体はクレオン救国騎士団だ。
攻略が成功した後に、クレオンがフィリアに危害を加えようとしたときでも、騎士団の人々はクレオンの部下だから、それに従う可能性が高い。
フローラのように良心的な冒険者もいるかもしれないが、それはきっと少数派だ。
しかし、だ。
ネクロポリス攻略には救国騎士団のメンバー以外も参加する。
俺の参加が認められたように。
「俺たちの味方になってくれそうな冒険者を探そう」
「え?」
「フィリアの周りを味方で固めれば、多少はマシなはずだ」
フィリアは皇女だから、クレオンがフィリアになにかしようとすれば、それは謀反の罪ということになる。
クレオンの騎士団のメンバーだけなら、例えば、フィリアを犠牲にした後、俺を殺害して揉み消すこともできるかもしれない。
だが、こちら側にある程度の人数がいれば、話が違ってくる。
フィリアの味方をする面々が、フィリアのために戦えば良い。
戦闘が長引けば、騎士団の面々も皇女の敵でいることに迷いが生じてくるだろう。
俺がそう説明すると、ルーシィもうなずいた。
「それがいいと思うわ。問題はその味方がどこにいるかってことだけど……」
「一人はノタラスで決まりですね」
召喚士ノタラスは旧聖ソフィア騎士団の幹部だ。
その実力は極めて高い。
そして、クレオンとアルテの敵でもあるから、これほど信用できる存在はいない。
俺はさっそくノタラスの部屋へ行き、事情を説明した。
彼は無謀な作戦と知りながらも、快く引き受けてくれた。
「ソロン殿一人を死地に赴かせるわけにはいきませんからな。ネクロポリス攻略を止められなかったのは、騎士団幹部だった我が輩の責任でもあります」
ノタラスは丸眼鏡の奥の瞳をきらりと輝かせた。
俺は何度も繰り返し礼を言い、それから次の部屋へと行った。
この屋敷にいる旧騎士団幹部はもう一人。
機工士ライレンレミリアだ。
さすがに女の子の部屋に入るわけにはいかないと思ったのだけれど、ノックをして呼びかけると、ライレンレミリアからは「部屋から出たくない」と返事が帰ってきた。
代わりに部屋に入れという。
仕方なく、俺は部屋に入る。
昼間だというのに窓は締め切られ、部屋は薄暗かった。
ライレンレミリアはベッドの上でうずくまり、毛布にくるまっている。
毛布からは端正な顔と、紫色の髪がわずかに見えるだけだった。
ライレンレミリアの紫色の瞳には怯えがあった。
騎士団時代のライレンレミリアは利発な美少女で、正義感も強いけれど、同時に自由奔放なところがあった。
貴族の娘なのに、異国の踊り子風の衣装をつけていて、けっこう露出度が高く、周りの男性団員の目を釘付けにしていたと思う。
ライレンレミリアは、よく周りにその高価な服を自慢していた。
今のライレンレミリアの雰囲気はぜんぜん違う。
アルテたちに受けた酷い暴行のせいだ。
その内容がどんなものだったのか、詳しくは俺も知らない。
ただ、ライレンレミリアが危うく死にかけるほどの状態に追い込まれたことだけは確かだ。
全身の複数の箇所に骨折があった。
幸い、顔の中央の傷はなくなり、その美しさを損なってはいないけれど、それでも紫色の髪で隠れた額の部分には大きな傷跡が見える。
魔法も元通りには使えないらしい。
そして、アルテたちに植え付けられた恐怖の記憶のせいで、ライレンレミリアは心を病んでいた。
わずかな物音にも怯え、一日中、部屋で虚ろな瞳のまま過ごしているという。
クラリスもかなり心配していた。
改めて、アルテに対して憤りを感じた。
アルテを殺しておくべきだった、というフローラの言葉が思い出された。
たしかに、そうだったのかもしれない。
アルテはクレオンによって釈放されて、今も自由の身だ。
どんな蛮行を行っているかわからない。
それはさておき、廃人同然のライレンレミリアを、ネクロポリス攻略につれていくわけにはいかない。
だから、ライレンレミリアに聞きたかったのは、他に有力な冒険者の伝手がないかということだった。
ライレンレミリアはぼんやりした表情で俺の説明を聞いていたが、俺がアルテの計画を止めたいというと、びくりと震えた。
アルテの名前を出したのが良くなかったのかもしれない。
ライレンレミリアの表情は恐怖で固まり、それから嗚咽を漏らしはじめた。
俺は慌てた。
ライレンレミリアが泣くところなんて、はじめて見た。
「あたしって……馬鹿だよね」
「どうして?」
「ソロンを追い出したら、どうなるかって全然わかってなかった」
アルテが騎士団の権力を握ったのは、俺を追放した後だ。
そして、騎士団運営がうまくいかなくなり、アルテはネクロポリス攻略を言い出した。
そして、ネクロポリス攻略に反対してアルテの打倒に失敗し、酷い目にあわされたのだ。
だから、俺の追放に賛成したことが、ライレンレミリアの悲劇を招いたとも言える。
俺は言った。
「べつにライレンレミリアのせいじゃない。悪いのは全部、アルテだよ」
俺はそう言って、ライレンレミリアが落ち着くまでしばらく待った。
ようやく泣き止んだライレンレミリアは、かすれた声で言う。
「ありがと。……ソロンは優しいね。あたしはソロンを追い出そうとしたのに」
「でも、俺の復帰に賛成してくれていたんだよね?」
「それでも、あたしが最初にソロンを追い出すことに賛成したのは、変わらないから。だから、ごめんなさい」
「じゃあ、代わりと言ってはなんだけれど、一つ協力してほしい。それで貸し借りはなしだ」
俺が味方となってくれる冒険者のあてはないかと聞くと、ライレンレミリアは少し考え、自分の子爵家のお抱えの冒険者たちがいると言った。
ライレンレミリアが父親の子爵に手紙を出せば、すぐにでも派遣してもらえると言う。
「助かるよ、ライレンレミリア」
「その……あたし、こんな姿で実家に戻るわけにもいかないし、もう少しこのお屋敷にいてもいい?」
「もちろん。いつまででもいていいから、今は回復することだけを考えていてよ」
俺がそう言うと、ライレンレミリアはこくりとうなずき、かすかにだけれど、笑顔を見せた。
あとは魔法学校時代や騎士団時代の知人の協力を得よう。
それから、一番頼りになる冒険者たちがいる。
旧ソフィア騎士団帝都支部長のラスカロスとその仲間たちだ。
彼らはみな聖女ソフィアの熱心な崇拝者で、だからこそクレオンの新騎士団に加わっていなかった。
彼らのような旧騎士団のメンバーを、ソフィアの説得で集めてくるのは容易だ。
なんとか俺はけっこうな人数の冒険者を集めることができそうだった。
そして、並行して、フィリアにも三日間で遺跡を探索する際の注意点と、最低限の回復・支援魔法を教える。
そして、俺たちはいよいよネクロポリス攻略作戦を迎えた。






