82話 クレオンの宣言
クレオンは俺とフィリアを見比べ、相変わらず微笑を消さずに言った。
「殿下はきっとネクロポリスへの遠征を不安に思われていることでしょう。しかし、ご安心ください。我々の騎士団は帝国史上を通じて、もっとも優れた冒険者集団です」
「だから心配するなってこと?」
フィリアの問いに、クレオンは力強くうなずいた。
「そのとおりです。我々がついているかぎり、決して殿下が傷つくようなことは起こりません」
それはそうだろう。
フィリアはクレオンにとって大事な生贄だ。
魔王を復活させるために絶対に必要な存在を、遺跡の魔族に殺させたりはしないと思う。
しかし、最後には、クレオンたちはフィリアを犠牲にするつもりなのだ。
けど、アルテならともかく、クレオンが本当にそんなことをするつもりなんだろうか?
クレオンは優しいやつだった。
少なくとも昔は他人が傷つくのを見ずに済むなら、自分の痛みを我慢するというタイプだった。
フローラが嘘をついているとは思わない。
でも、実際のところ、クレオンはどう考えているんだろう?
俺はクレオンに真意を問いただしたい欲求に駆られ、喉元まで言葉が出かかった。
でも、そうすればこちらの手の内を見せることになる。それに、フローラから情報が漏れたとバレれば、フローラにも迷惑がかかってしまう。
結局、俺は言葉を飲み込んだ。
代わりにフィリアが鋭くクレオンに尋ねる。
「わたしがネクロポリス行きを断ることはできないんだよね?」
「申し訳ありませんが皇帝陛下のご命令ですから、ネクロポリス攻略には参加していただかなければなりません。我々としても殿下の可憐なお姿があればこそ、士気を保つことができるというものです」
「なら、わたしの従者を連れて行くことはできる?」
「もちろんです。もっとも、それには相応の実力を持った方でなければ困りますが」
「わたしはソロンについてきてもらいたいの」
「それなら問題ありませんよ」
あっさりとクレオンはうなずいた。
意外だ。
クレオンは反対すると思っていた。
フィリアを犠牲にする以上、俺はその邪魔になりかねないはずだ。
「本当に俺が参加してもいいの?」
「ああ。師匠がついていたほうが殿下も安心できるだろう?」
クレオンは善良そのものといった感じで、にこにことしていた。
どうもおかしい。
なにか裏があるのか、それとも俺一人いても何の障害にもならないと高をくくっているのか。
クレオンは「ただし」と続けた。
「ルーシィ先生とソフィアの参加は認められないな」
ルーシィとソフィアの二人がぴくっと反応した。
もしかしたら、二人ともネクロポリス行きに志願するつもりだったのかもしれない。
「ど、どうして!? わたしが行けば、絶対に役に立つのに」
ソフィアが綺麗な声で抗議する。
たしかに規格外の聖女と、魔術の天才教授がいればネクロポリス攻略にきっと貢献できるだろう。
ただ、俺としてもソフィアの参加には否定的だった。
平穏な暮らしを望むソフィアを、また冒険に行かせるのは気が進まない。
「ソフィアはもう冒険者をやめるつもりだったんだよね? なのに、また遺跡に行く必要はないと思うよ」
「でも、ソロンくんだけを危ない目に合わせるわけにはいかないよ!」
俺たちの言い合いは、クレオンの言葉で断ち切られた。
「ソフィアとルーシィ先生の二人は帝国政府から帝国五大魔術師に指名されている」
「帝国五大魔術師? また政府が変な勲章でも考え出したの?」
「相変わらず、軽口が多いな、君は」
クレオンがちょっとめんどくさそうな顔をして俺を見た。
そう言われても、俺は軽口を叩くのをやめるつもりはないけれど。
ソフィアは不思議そうに首をかしげている。
一方、ルーシィは暗い顔でうなずいていたから、もう知っていることなんだろう。
「要するに、帝国の偉大な魔術師の代表ということことだ。まあルーシィ先生とソフィアなら、選ばれたっておかしくないだろう。そういう魔術師たちをネクロポリス攻略に差し向けるわけにはいかない。もっと大事な用があるからな」
「もっと大事な用?」
「いずれわかるさ」
クレオンはこれも帝国政府の命令だから逆らうわけにはいかない、と付け加えた。
もしソフィアとルーシィが攻略に参加すれば、二人はフィリアの生贄化を阻止しようとすることになる。
そういう意味でも、二人はクレオンにとっても邪魔なのかもしれない。
そして、クレオンはソフィアに目を移した。
クレオンはじっとソフィアを見ていたが、そこには何も特別な感情は浮かんでいなかった。
二人は婚約者だけれど、クレオンもソフィアのことはなんとも思っていなかったのかもしれない。
ただ、クレオンはソフィアに言った。
「ソフィアは僕の婚約者だ。だから僕のもとに戻ってきてほしい。それがあるべき姿だからな」
「わたしをクレオンくんは連れ戻すの?」
「そうだと言ったら、どうする?」
「だったら、わたしはクレオンくんと戦わなきゃいけなくなる。それは嫌だな」
「ソフィア。僕よりも、騎士団よりも、ソロンのほうが大事か?」
「……うん。クレオンくんたちには悪いけど、わたしにはソロンくんのほうがずっと大事」
はあ、とクレオンはため息をつき、首を横に振った。
そして、隣のカレリアをちらりと見てから、ソフィアに言った。
「わかったよ。まあ実のところ僕も他に気になる女性がいる」
誰のことだろう?
カレリアのことか?
気になったけれど、俺はそれ以上のことを聞くつもりはなかった。
これが魔法学校にいた頃だったら、俺は根掘り葉掘り聞いたと思う。
でも、いまの俺とクレオンのあいだにはその種の親しさはない。
クレオンが意識していた女の子といえば、思い浮かぶ人がいる。
俺たちの仲間だったシアだ。
シアはクレオンとよく一緒にいたし、俺よりもクレオンとのほうがずっと仲が良かった。
シアに対していろいろな上級魔法を教えていたのもクレオンだったと思う。
当時はまだ気弱なところのあったクレオンだけれど、シアに対してはちょっと大人ぶっていて微笑ましかった。
でも、シアは死んでしまった。
だから、クレオンの気になる人というのは、きっと別の人のことだ。
「なあ、ソロン。ソフィアは君にくれてやるよ」
「俺にくれる? ソフィアを物みたいに扱うのはやめてほしいな」
「ソフィアはずっと昔から君の物だろう?」
クレオンが横のソフィアを指さしたので、つられて俺もソフィアを見る。
ソフィアはちょっと顔を赤くしていた。
「だから、僕の目的を妨害しようとするなよ。ソロンにはもう十分すぎるほどの居場所があるんだからな」
「クレオンの目的ってネクロポリス攻略のこと?」
「ネクロポリス攻略は通過点にすぎない。だが、当面はそう思ってもらっていい」
「俺はネクロポリス攻略には反対だよ」
「成功するわけないと思っているんだろう? だが、僕は昔の僕とは違う。今の僕はソロンより遥かに優れた冒険者、聖騎士クレオンなんだよ」
「だけど、あのネクロポリスには伝説の勇者ペリクレスですら倒せなかった何者かがいる」
「わかっている。それも踏まえて成功すると言っている。それにだ。もうネクロポリス攻略は止められない」
「え?」
「なぜなら、ネクロポリス攻略は三日後に前倒しになったからだ」
クレオンは渋い顔でそう言った。
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