80話 来客はあたしたちの敵
ルーシィの協力を得て魔力暴走の問題は解決したので、俺はフィリアが遺跡攻略に行けるように準備を進めた。
まず、女商人ペルセの店に行って、杖を買い直した。
フィリアの魔力量の大きさを考慮して、耐久性の高いリンゴの木の杖を今度は選ぶ。
フィリアは嬉しそうにそれを軽く振り、「いい感じ」とつぶやいていた。
一方、そのときのペルセは疲れている様子で、「最近、儲けが減っているんです」と申し訳なさそうに言っていた。
ペルセの店の出資者は俺なので、その儲けは直接俺の財産に影響する。
単にペルセが困っているという意味でも、相談に乗ってあげたいところだ。
けれど、ペルセは首を横に振った。
「なんとかする手立ては考えていますから」
というのがペルセの答えだった。
気になるけど、俺も当面はフィリアの教育と、ネクロポリスの調査に時間を使わなければならない。
なにせネクロポリス攻略作戦の実施まで一ヶ月強しかなかった。
フィリアを十分な能力の冒険者にするにしても、ネクロポリス攻略阻止にしても時間がない。
唯一救いだったのは、フィリアの魔法習得が順調だったことだ。
二週間ほどで、簡単な攻撃・防御魔法を一通りフィリアは覚えた。
フィリアはもともとの魔法への素質の高さもあるし、十四歳という若さのおかげで飲み込みもかなり速い。
あっという間に習得してしまうと、今度は支援系統の初歩的な魔法を覚えるということになる。
「なかなかいい師匠っぷりじゃない」
とルーシィが笑いながら言う。
俺は肩をすくめた。
ここは俺の屋敷の一階の食堂兼居間のような場所だ。
授業の合間で、フィリアはいま休憩中。
「ルーシィ先生の協力あってこそですよ」
早急にフィリアを成長させる必要があるから、ルーシィにもフィリアを教えるのに協力してもらっている。
ただ、ルーシィは魔法学校の授業や研究でも忙しい。
そういう意味では、他に誰か教師役の魔術師がいればいいのだけれど、うちの屋敷にいる召喚士ノタラスもネクロポリス攻略対応に独自に動いているらしく忙しそうだった。
機工士ライレンレミリアも滞在しているけれど、アルテたちから酷い暴行を受けて以来、心身ともに病んでしまって療養中だ。
となると残るのは……。
ルーシィが言う。
「ソフィアにお願いすれば?」
「いや、あまりソフィアは向いていなさそうな気がしますね……」
聖女ソフィアは幼いエステルにも慕われているように、年下の子にも親切で、学校時代も後輩から人望があったけれど、ちょっとした欠点があった。
それはあまりにも天才肌で、人に魔法を教えることが得意じゃないのだ。
あるとき、支援魔法のうちの一種類の習得方法を後輩の一年生に聞かれて、ソフィアはこう答えた。
「えーっと、適当にばっーんとやればいいんだよ」
後輩はぽかんとしていて、結局、その魔法の使い方は俺が教えた。
規格外の天才聖女様には魔法が使えない人の気持ちがわからない。
ルーシィにもその傾向があるけど、さすがに何年も教師をやっているだけあって、教えるのには慣れてきている。
「ソロンもよく後輩に魔法を教えてたから、慣れているでしょう?」
「そうは言っても、師匠として体系的に教えるのは初めてですからね。フィリアは俺の最初の弟子ですし」
まあ、二人目の弟子を取る可能性があるかといえば、可能性は高くないけれど。
そういえば、ルーシィにはもう一人弟子がいたはずだ。
魔法学校に在籍している少女で、俺の妹弟子にあたることになる。
「いいんですか? その子のことを放っておいて、俺の屋敷なんかにいて」
「いいのよ。あの子は手のかからない子だし。一人でなんでもできちゃう優秀な子だから。ソロンとは違って」
「俺と違って?」
「師匠としては手のかかる子のほうが可愛いものなの」
そう言って、ルーシィは真紅の瞳で俺を上目遣いに見つめた。
一度、ルーシィのもうひとりの弟子とは会ってみたいなとは思う。
でも、どういうわけかルーシィはあまり彼女を俺に会わせたくないようだった。
「ともかく、ネクロポリスへ行くまでに、フィリアが十分な力をつけられるかが問題ね。私は冒険者ってわけじゃないし、ソロンのほうがそういうのを教えるのは得意でしょう?」
「そうですね。一ヶ月あれば、フィリア様にも基本の基本ぐらいは覚えていただけると思いますが」
俺とルーシィは机の上に紙を広げ、今後のフィリアの教育計画を練った。
そのとき、ひょっこりとメイドのクラリスが顔をのぞかせた。
亜麻色の髪を揺らし、頬を上気させている。
よほど慌てて来たんだろう。
「ソロン様にお客様です!」
「ええと、どなたかな?」
「ソロン様の敵、つまり、あたしたちみんなの敵ですよ」
「俺の敵?」
「来客は、クレオン救国騎士団の団長のクレオンだって名乗っています」






