75話 暴走する魔力
フィリアの手のなかのサクラの杖が赤く輝いている。
それ自体は悪いことじゃない。
むしろフィリアが杖をうまく使い、魔力を通せている証で、本当に強力な魔法を放つこともできるだろう。
だけど……。
フィリアの杖からほとばしる炎は、練習用の杭のほうでなく、俺の方へとまっすぐに飛んできた。
俺は慌てて宝剣テトラコルドを振ってそれを防いだ。
フィリアはびっくりした顔をして杖を見ていたが、杖から走る炎の流れはまだ止まらず、今度は屋敷の庭のヤナギの木へ直撃した。
その木は激しく燃え盛り、周りの草木へと炎が移る。
まずい。
おそらくフィリアは魔力を制御できなくなっている。
このままだと大火事だ。
俺は宝剣を燃え盛る草木へ向けて、水魔法を放つ
それで火はいったん消し止められたが、フィリアの杖からはさらに炎が撒き散らされている。
これを止めるには、杖への魔力供給を絶つしかない。
「フィリア様! 杖を離してください!」
「う、うん」
フィリアがぱっと杖から手を放ち、杖が地面に落ちる。
しかし、杖はまだ鈍く輝いている。
最初にフィリアから与えられた魔力がなお残っているみたいだ。
それはフィリアの魔力量が普通の魔術師よりもはるかに多いことを示している。
ともかく目の前の問題である暴走する杖をなんとかしなければならない。
放っておいても魔力が尽きるとは思うけれど、制御者を失ってより暴走の危険が高まってもいる。
俺は呆然とするフィリアのほうへ一歩踏み込み、それからフィリアの身体を抱き寄せた。
びくっとフィリアが震える。
このままだとフィリアの身も危険だからだ。
俺はサクラの杖を見下ろした。
フィリアのために買ったものだけれど、仕方がない。
俺は杖を破壊しようと宝剣を振り下ろそうとした。
その寸前で、杖がふたたび強い光を放った。
「ソロン!」
フィリアが悲鳴を上げる。
その杖から放たれる炎が俺の腕を直撃したからだ。
肌が焼ける感覚が広がる。
けれど俺はひるまず、そのまま宝剣でサクラの杖を破壊した。
粉々になった杖は、ようやく輝きを失い、暴走を止めた。
俺がほっとして、フィリアを見ると泣きそうな顔をしていた。
「ソロン……腕」
「ああ。このぐらいの火傷なら大したことありませんよ」
「ホントに?」
「本当です」
正直、けっこう痛いが、そんなことは言わない。
フィリアが心配そうに俺を見つめてくる。
そうやって心配してくれるのは、俺にとっては嬉しい。
けれど、せっかくフィリアが魔術を使おうとしたのに、それが心理的な負担になってしまうというのは避けたかった。
「失敗して、ソロンに迷惑かけちゃった……」
フィリアがしょんぼりと言う。
俺はそれに微笑みで答えた。
「失敗なんかじゃありませんよ」
「え?」
「制御できなかったとはいえ、初めてでこれだけ強力な魔法が使えたんです。それはフィリア様に才能があるということですよ」
フィリアは凄まじい量の魔力を秘めている。
アルテの言っていたとおり、それはフィリアが魔王の子孫だからだろうし、そして、フィリアが魔術師として高度な魔法を使いこなせるようになることも意味している。
俺は砕けたサクラの杖の破片を拾い上げる。
「ペルセの店で新しい杖を買いましょう」
「せっかくソロンが贈ってくれたものだったのに……」
「いいんですよ。今度は魔力の拡幅よりも、より制御のしやすさに重点を置いた杖のほうがいいかもしれません」
「でも……」
フィリアは俺を上目遣いに見た。
前も杖を買ったときに言っていたように、俺が杖を買うのを申し訳ないと想っているみたいだ。
俺はフィリアの頭を軽く撫でた。
「杖が壊れたことなんて大したことではありません。俺がフィリア様の師匠でいるかぎり、杖ぐらい何度でも用意できますよ」
「ありがとう……」
フィリアは嬉しそうにしたが、でも、元気はやっぱりなさそうだった。
「ペルセさんが言っていた悪魔や魔族が魔法を制御できなくなるって話……」
「あれは迷信ですよ」
「でも……」
現にフィリアの魔法は制御不能になった。
ただ、こんなふうに魔力が暴走するのは極めてまれだ。
魔法学校でもほとんど見たことがないし、普通の悪魔や魔族がこんなふうに魔力を制御できなくなったという話も聞かない。
フィリアが魔王の子孫だからだろうか。
そのあたりも大図書館で調べてみることにしよう。
明日にも、フィリアを連れて大図書館へ行くことを俺は決めた。






