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追放された万能魔法剣士は、皇女殿下の師匠となる漫画4巻が2025/1/15から発売中  作者: 軽井広@北欧美少女2&キミの理想のメイドになる!
第四章

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62話 もうひとりの皇女

「フィリア様が処刑の立会人になるというのは、たしかに気分は良くないです。でも、悪いことばかりじゃないと思います」


 クラリスはいつものふざけた口調ではなく、落ち着いた声で言った。

 俺は驚いて、クラリスの目を見つめた。


 フィリアを公開処刑の立会人にさせることに、クラリスは肯定的な意見を述べたのだ。


「だって、フィリア様ってずっと皇宮では冷たく扱われていて、皇帝陛下の命令を受けたことなんて、ほとんどなかったんですよ」


「そうだろうね」


 同じ皇族とはいっても、母親の身分や置かれた環境などで、その待遇は大きく違う。

 たとえば、皇后の娘で、有力者の援助もあり、皇位継承の可能性もあるということであれば、他の皇族も貴族も官僚も使用人たちも敬意を払うし、本当のお姫様として扱われる。


 けれど、フィリアは大勢いる皇帝の娘の一人だが、形式的な母親であった妃もすでに死去している。

 しかも本当は悪魔の奴隷娘とのあいだに生まれた子だから、厚遇される理由がなかった。

 実の父親の皇帝だって、フィリアのことなんて、興味も関心もかけらも持っていなかっただろう。


「でも、今、皇帝陛下が、つまりフィリア様のお父様が、フィリア様のことを必要としてくれているんです。それはフィリア様にとって、幸せなことかもしれませんよ」


「実際には、陛下は官僚たちの言うとおりにしただけだと思うけどね」


「そうだとしても、フィリア様が今までと違って、皇宮や政府にとって意味のある存在になったなら、あたしは嬉しいんです」


 クラリスは優しい微笑みを浮かべてそう言った。


「それに、処刑は臨席するだけで、後は目と耳を閉じておけばいいんですよ」


「まあ、うん。そうかもね」


 フィリアが直接、罪人を殺すということは、クラリスには伏せておいた。

 さすがにそう言えば、クラリスも反対するかもしれない。

 でも、いずれにしても、フィリアにはいったん処刑場の立ち会いには参加してもらわないといけない。


 クラリスは言った。


「ソロン様は、あたしと最初に会ったときのこと、覚えてます?」


「覚えているよ。帝都に帰る途中の馬車に乗ってたときだよね」


「はい。あのとき、ソロン様は、あたしを山賊たちから守ってくれましたよね」


「そうだったね。あのときは、俺が彼らを殺したんだ」


 六人の屈強な山賊たちは漆黒山賊団を名乗り、魔術すら利用していた。

 そして、彼らに対して、俺は手加減せず力を振るい、そして命を奪った。


 大勢の乗客の命を守る必要もあったし、それなりに手強そうだったから六人全員を生かしたまま倒すというのは難しかった。

 それに、どのみち彼らは遅かれ早かれ帝国軍に殺されていたはずだ。


 だけど、俺が山賊たちを殺したという事実に変わりはない。

 そうやって、必要に迫られて人を初めて殺したのは、初めてでもない。

 

 十二歳だった俺は、主家の公爵令嬢を守るために、誘拐犯を刺殺した。

 それ以来、自分の身を守るために何度か俺は人の命を奪った。

 どれも仕方のないことだったけど、それでもそれはいつも心の濁るような、嫌な行為だった。


 クラリスは目を伏せた。


「七月党が皇宮を襲撃したとき、あたしの友達のメイドが行方不明になって……あとで死んじゃったことがわかったんです」


「それは……気の毒に」


「その子は、見つかったとき、手足はちぎれてて、全身に大やけどをしていて……とても苦しそうな顔をしていたんです。すごく可愛くて、良い子だったんですよ。なのに……どうして……」


 クラリスはそうつぶやいた後、顔を上げて、決然として言った。


「あの七月党はたくさんの皇宮の仕事仲間を殺しました。死んだ人たちは何も悪いことなんてしていなかったのに。……だから、あたしは七月党の幹部が処刑されるって聞いても、ぜんぜん同情できません」


「悪人は殺されるのが当然だと思う?」


「はい」

 

 ためらいなく、クラリスはうなずいた。

 クラリスの言うことはよくわかる。


 あやうくフィリアやルーシィたちだって死にかけたのだ。

 七月党のやったことは決して許せるものじゃない。


 ただ、七月党には七月党なりの理想があり、彼らにとってはそれが正義だった。


 帝国政府の打倒。君主制と奴隷制の廃止。身分による差別の禁止。すべての人民に対する富の平等な分配。隣国との即時講和による戦争の終結。


 それが七月党の求めるものだった。

 破壊による理想の実現、という彼らのやり方が正しいとは思わない。

 その主張も、すべて賛同できるわけじゃない。

 

 でも、彼らは、人を食い物にして私服を肥やす山賊と違い、普遍的な理想を掲げる人々だった。


 クラリスさんがぽんと手を打った。


「さあ、暗い話はここまでにしましょう! あたしもフィリア様もソフィア様も、そしてソロン様も、笑顔でいるのが一番なんですから!」


 クラリスは微笑み、ソフィアもうなずいていた。

 そして、相変わらず二人とも下着姿のままだった。





 フィリアが着替えを終えると、さっそく俺とフィリアとガポンは処刑場へと向かった。

 公開処刑の場には俺もフィリアの護衛として参加することが許されている。


 あまりめでたくない場でもあるからか、フィリアは黒を基調としたかなり地味なワンピースのドレスを着ていた。

 そのドレスの胸元に、銀色に輝く双頭の鷲のブローチをつけている。

 そして、フィリアは、不安そうにしていた。


 処刑場は郊外の小高い丘の上にあり、草も生えない砂地だった。

 

 ふもとにはすでに多くの群衆が公開処刑を見ようと集まっていた。

 数百人、あるいは数千人の人が集まっていそうだった。


 罪人の公開処刑は、貧しい帝国臣民たちの数少ない娯楽だった。

 人が破滅する様子を見たいという人は決して少なくない。


 政府関係者のための控えとして、多くの陣幕が張られていたが、俺たちはそのなかでも、ひときわ大きなものに入った。

 白い陣幕のなかには数人の男がいた。


 その中央には、公開処刑執行についての政府責任者であるブラドスという人物がいる。


 ブラドスは無精髭の目立つ中年男性で、衣服もしわだらけだった。

 およそ官僚っぽい見た目ではなかった。

 彼は皇帝官房第三部執行課の課長だそうだが、明らかにやる気がなさそうでもある。

 

 ブラドスは立ち上がると、面倒くさそうにフィリアの前にひざまずいた。

 

「……よくぞ、お越しくださいました。フィリア殿下」


 いつもと違って、フィリアは少し緊張した様子だった。


 皇帝から間接的とはいえ言葉を受けるのが珍しいからか、それともガポンやブラドスに威圧されたのか、理由はよくわからない。


 ブラドスは一枚の書面をフィリアに進上した。


 そこには皇帝の玉璽が押されてあり、たしかに皇帝の命令を取り付けていることがわかった。


 つまり、フィリアの処刑参加に異論は挟むのは困難だということだ。


「ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 ブラドスは適当な言葉をフィリアに投げかけた。


 俺たち陣幕から出た。

 フィリアが後ろを振り返る。

 

「ガポンさん。下がっていいよ。あとはソロンがついていてくれるから大丈夫」


「そういうわけには参りません。殿下のことを見守るようにと、命令を受けているがゆえです」


 ガポンは微笑した。

 見守るというえば聞こえがいいが、監視なのではないかと俺は思った。


 妙な振る舞いはさせない、ということだろう。

 俺とフィリアは顔を見合わせた。


 フィリアが俺を見つめたので、俺は微笑んでみせた。


「大丈夫です。フィリア様には俺がついていますから」


 俺が小声で言うと、フィリアは大きく目を見開き、そして嬉しそうに頬を緩めた。

 そんな俺たちの様子をガポン神父はじっと見つめているようだった。


 そんなとき、俺たちは後ろから声をかけられた。


「ずいぶんと仲がよろしいのですね。仮にも私の妹が、このような男と親しくしているのは、まったく理解できません」


 そこに立っていたのは、深緑の衣服に身を包んだ少女だった。

 衣服は軽快に動きやすそうな感じで、腰にも剣を帯びている。


 見たところ、十五歳か十六歳ぐらいだろう。


 茶色の髪に茶色の瞳というごく標準的な帝国人の見た目をしていたが、しかし、その容姿はそうそうお目にかかれないほど、端正に整っていた。

 髪はゆるやかにウェーブがかかっていて、背もすらりと高い。


 美少女かどうかといえば、ほとんどの人が美少女だと答えるだろう。

 まあ、フィリアに比べると、大したことはないが、と俺は心のなかで思い、これは俺が師匠としてフィリアを身びいきしているから、そう思うんだろうか、と反省した。


 その少女の瞳は少し冷ややかな印象を与えている。そして、フィリアと同じように、胸元を銀色の双頭の鷲のブローチを飾ってた。

 相手の身分に想像はついたが、俺はわざととぼけてみた。


「高貴な方かと思いますが、失礼ですが、ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか」


 そう言うと、少女は鋭く俺を睨んだ。

 そして少女は剣を抜き放ち俺に切りかかった。

 フィリアが息をのむ。


 しかし次の瞬間には、俺の宝剣テトラコルドが少女の剣を受け止めて弾き飛ばした。

 少女の剣撃はなかなか速かったが、しかし、素人としては速い、というだけだ。

 腐っても魔法剣士として長年戦ってきた俺にはかなわない。


 いきなり何をするのか、という台詞を飲み込み、代わりに俺は微笑した


「筋は悪くないと思いますが、まだまだですね」


 悔しそうに少女はうつむいた。

 けっこうプライドが高そうだ。


「もう一度言います。お名前は?」


 俺の言葉に、少女は不満そうに答えた。


「私のことを知らないのですか? 私は第十七皇女イリス。正しき血統を受け継ぐ皇后の娘です」


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