61話 聖女様はメイドにからかわれる
俺とフィリアとソフィアとクラリスは同じ部屋で寝起きしている。
ということは、当然、俺と一緒の部屋の彼女たちは、着替えもその部屋でするということだ。
俺は自分のうかつさに頭が痛くなった。
ノックを忘れて飛び込んだ寝室には、聖女ソフィアとメイドのクラリスが下着姿で立っていた。
クラリスは黒いレースの下着を身につけていて、恥ずかしがりながらも楽しそうにしていた。もう一方のソフィアは、純白の健康的な下着を来ていたが、綺麗な翡翠色の瞳を大きく見開いて固まってしまっている。
やがて、ソフィアは顔をみるみる赤くして、悲鳴を上げそうにしていた。
慌てて俺はソフィアに近寄り、「きゃあっっ」という言葉の「きゃ」ぐらいのところで、ソフィアの口を押さえた。
屋敷の中から女の子の悲鳴が聞こえたなんてことになれば、ガポン神父にどう思われるか。
政府の人間の心象を無用に悪くすることは避けたかったので、ソフィアには悲鳴を上げるのを強制的に止めさせてもらった。
ソフィアが涙目になりながら、「んんっ」とうめいた。
……悪いことをしたな、という気持ちになる。
誰もが憧れる美しい聖女が、下着姿のまま、俺の下でじたばたと暴れている。
ちょっと背徳的な感じだ。
クラリスも、意外そうに俺を見た。
「ソロン様ってば、あたしがいる前で大胆ですね。ソフィア様を無理やり……」
「そんなことしないよ……」
「わかってますって。優しいソロン様がそんなことしないぐらい。冗談ですよ」
くすくすっと笑うクラリスは、やっぱり下着姿のままだった。
早く服を着てほしいんだけど。
俺はソフィアに落ち着いてもらおうと話しかけた。
「落ち着いて。悲鳴を上げてもらうと困るんだよ。それだけやめてもらえば、離すから」
ソフィアがこくこくとうなずいた。
俺はソフィアの口から手を離した。
本当に悪いことをしたな、と思う。
ソフィアは両手で胸を隠すようにして、俺を睨んだ。
「ひっ、ひどいよ。ソロンくん。いきなり入ってきて、わたしの口を押さえて……」
そう言ってから、ソフィアは俺の手をじっと見つめた。
どうしたのだろう?
ソフィアが顔をさらに赤くした。
「もしかして、わたし、ソロンくんの手にキスしちゃったのかなあ」
「え? いや、まあ、たしかにそうともとれるけど……」
言われてみれば、手で触れたソフィアの唇はとても柔らかかった。
俺も恥ずかしくなって赤面していると、横からクラリスが口をはさんだ。
「ソロン様! わたしの口もふさいでください!」
「いや、クラリスさんは、悲鳴を上げようとしてないし……」
「なら、今から悲鳴を出します!」
「頼むからやめて……」
クラリスはふふっと笑うと、ソフィアに向き直った。
ふたりとも下着姿のまま。
俺はそっと出ていこうとすると、クラリスに腕をつかまれた。
「なんで出ていこうとしているんですか?」
「いや、だって、ふたりとも服を着てないし……」
俺が言うと、クラリスはちっちっと人差し指を横に振った。
「いいんですよ。だって、ここはソロン様の寝室でもあるんですから。同じ部屋に住んでいるですから、こういうことだって起こります。そうですよね、ソフィア様?」
ソフィアはきょとんとし、それからびっくりした顔をした。
「え……ええっ!?」
「ソロン様と同じ部屋に住んでいたいなら、こういうことも我慢しないといけません。じゃないと、やっぱり別々の部屋に住もうってソロン様が言い出して、この部屋に残るのはフィリア様だけになりますよ?」
「そ、それは嫌だけど……」
「つまり、ソフィア様も素っ裸を見られても平気、ぐらいの覚悟を持たないといけません。さあ、実践してみましょう!」
どこまで本気かわからない感じで、クラリスが面白くってたまらないといった口調で言う。
ソフィアはそれを真に受けたのか、「ううっ」と涙目でつぶやき、胸の下着に手をかけた。
まさか。
いま、裸になるつもりなのか。
俺が慌てて止めようとしたが、その前にクラリスがソフィアの手をとった。
そして、困ったような顔で、ソフィアに言う。
「じょ、冗談ですよー。ソフィア様」
「冗談、だったの?」
「はい。からかいすぎちゃって、すみません」
「そ、そんなぁ」
ソフィアが消え入るような声で言う。
素直なのがソフィアの美徳だけれど、ちょっと今回は素直すぎたと思う。
クラリスは申し訳なさそうに言う。
「ソフィア様だけに恥ずかしい思いをさせてしまいまいした。ここはあたしも裸になってお詫びをせねば……」
「しなくていいからね、クラリスさん」
「それは残念ですね」
全然、残念ではなさそうにクラリスは言い、それから首をかしげた。
クラリスはじっと俺を見つめている。
そういえば、俺は本題を伝え忘れていた。
「フィリア様がお出かけになるから、準備をしてほしい。いちおう帝国公式の行事だから、それにふさわしい格好をさせてあげてね」
「公式の行事ってどんなやつですか?」
「大逆罪を犯した者たちの公開処刑だよ」
俺は渋い顔でそう言い、事情を説明した。
あまりクラリスはいい顔をしないだろうな。
クラリスだって、フィリアに死刑の執行を見せたいなんて思わないだろう。
ところが、意外なことに、クラリスはフィリアの処刑への参加に反対しなかった。
クラリスはその理由を説明しはじめた。
活動報告のおまけに学生時代のソロンと師匠のルーシィ先生の短編を載せています。
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