6話 皇女のメイドは魔法剣士に憧れる
帝都の中心部の広大な敷地を占める皇宮。帝国の財を惜しみなく使い、帝国の技術の粋を尽くして作られた皇宮には、数多くの皇族が住んでいる。
フィリア殿下も、皇帝陛下の何十人もいる娘の一人にすぎない。皇女と言っても一部屋を与えられているだけで、使用人もごくわずか。
母もすでに亡くなっており、フィリア殿下の身には何の後ろ盾もない。
そうは言っても、相手は皇女殿下である。
雲の上の存在というやつだ。
皇宮のなかに足を踏み入れた俺は、だんだんと緊張してきた。
前に入ったのは、魔法学校を卒業するにあたって、皇帝陛下に謁見した日だ。
でも、そのときはあくまで俺は数百人いる卒業生の一人に過ぎなかった。主役は学年首席の聖女ソフィアだった。
今は違う。
俺は一個人として皇族に会うんだ。
警備の兵にルーシィからの身元保証状を見せて、着慣れない黒い礼服をうっとおしく思いながら、皇宮の奥へと進んでいく。
「ソロン様、でいらっしゃいますね?」
振り向くと、そこには小柄なメイドが立っていた。彼女はスカートの端をつかみ、うやうやしく会釈する。
慌てて俺も会釈を返す。
「そのとおりです」
「私はフィリア殿下にお仕えするリアと申します。以後、お見知りおきを」
そう言うと、リアはふわりとほほえんだ。
落ちついた物腰に、上品な雰囲気。銀色に輝く綺麗な髪が、肩までかかってる。
さすが皇女に仕えるメイド。洗練されているな、と感心する。
聖女ソフィアは誰もが憧れる美少女だが、この少女リアもソフィアと同じぐらい容姿端麗だ。
ただ、リアの顔立ちには、まだ幼さも残っているような気がする。14歳か15歳ぐらいじゃないかな。
リアが廊下の奥を手で示した。
「それでは、ご案内いたします」
「ご親切にどうもありがとうございます」
俺が何も考えずにそう言うと、リアは不思議そうな顔をした。
しばらくして、自分がおかしなことを言っていたことに気づく。
俺は貴族でないにせよ、皇女殿下の家庭教師として貴族に近い待遇を受けることとなっている。
メイドより立場は上ということになっているんだから、タメ口で話した方が良さそうだ。俺が気にしなくても、敬語を使われるとリアはかえってやりにくいだろう。
俺は誤魔化すように笑みを浮かべた。リアの案内のとおりに歩き出す。
「ごめん。皇宮に入ることなんてほとんどないから緊張したんだ」
「多くの魔族を討伐した英雄でも、緊張なさるんですね」
「英雄? 俺は英雄なんかじゃないよ。偉いのは聖女ソフィアたちだけだ」
「わたしはソロン様のことを英雄だと思っていますし、その英雄に会えて緊張していますし、とても嬉しいです」
「それはありがとう」
くすっとリアは笑う。
そういうふうに率直に言われると、困惑してしまう。
いや、まあ、お世辞なのかもしれないけれど。
「どうやったら、わたしもソロン様みたいになれますか?」
「え?」
「わたしなんかがソロン様みたいになりたいなんて、生意気かもしれませんけど……」
「そんなことはないよ。むしろ俺よりも才能はありそうだけどね」
仮にも俺は魔法剣士。一目見れば、その人がどれだけの魔法適性を秘めているかはざっくりとはわかる。そして、このリアという少女は明らかに魔法の才能があった。
それにリアの歩き方や挙措は綺麗で、剣を握れば、かなり筋がいいんじゃないかと思う。
良い師匠を得れば、彼女はかなり強くなれるだろう。
そう言うと、リアは嬉しそうな顔をした。
「本当ですか? お世辞ではありませんよね?」
「お世辞なんて言わないよ。ただ、目指すんだったら、俺なんかじゃダメだ。聖女様やアルテみたいな一流の人を目指さないと」
「わたしはソロン様みたいな魔法剣士になって活躍したいんです! 剣や魔法も勉強してみたけど、うまくいかないし……」
上品なメイドじゃなくて、普通の少女みたいな口調になってきてるなあ、と俺が考えていたら、リアがぐいとこちらに身を乗り出した。
「わたしの師匠になってください!」
「へ?」
「ソロン様に直接教えてもらえば、きっとわたしも強くなれます」
「それはそうかもしれないけど……」
「ダメ、ですか?」
魔法学校の教師とかに習っても良いんじゃない?、と言っても、リアは聞かなかった。
俺はリアの熱意に押され、結局、負けた。
皇女殿下に教えるついで、ということなら、あんまり負担にもならなさそうだったし、良いかなとも思う。
「帝都にいるうちは相談ぐらいは乗るよ」
「ありがとうございます! 約束ですよ?」
「う、うん」
リアはとても上機嫌になり、弾んだ足取りで歩き出した。
皇宮のなかで、あんまりはしゃぐと怒られたりしないんだろうか。
なんとなく、リアの態度に違和感を感じた。
最初のお淑やかな振る舞いと、今のリアの明るさは、ちぐはぐな印象だ。
何かがおかしい。
けれど、皇女フィリアの部屋の前についたことで、そんなことはどうでもよくなった。それより、問題は皇女殿下だ。
皇女の機嫌を損ねれば、面倒なことになりかねない。
しかしメイドのリアはいきなり皇女の部屋の扉の取っ手をつかみ、勢いよく開け放った。
ノックとかしなくていいの? 相手は皇女様なのに?
「中に入っていいよ、ソロン」
綺麗な声で俺に命じたのは、リアだった。
にっこりとメイド服の少女はほほえんだ。
「はじめまして。そして嘘ついてごめんね? わたしの名前はリアじゃなくてフィリアなの」
「フィリア……内親王殿下?」
「うん。いちおう、この国の皇女だよ?」
リアは、いやフィリア内親王殿下は楽しそうに言った。
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