54話 残された問題
戦いの終わった後、俺たちは事後処理に移った。
屋敷の建物の応接室の長椅子に、俺たち七人の騎士団幹部と帝都支部長ラスカロスが腰掛ける。
そして、話し合いを始めた。
敵側だった幹部三人のうち、賢者アルテはふさぎ込んでいた。双剣士カレリアも憮然とした表情をしていて、クレオンの意向以外に従うつもりはないといった感じだった。
自然と、交渉の主な相手は残る一人、占星術師フローラとなる。
フローラは戦闘中、ずっと気を失ってのびていたけれど、目を覚ましてからはぴんぴんとしていた。
「わ、私は聖女様とソロン先輩たちの言うとおりにしますから」
おどおどとした様子でフローラは俺たちの様子をうかがった。
占星術師フローラはアルテの双子の妹だけあって、アルテとそっくりの黒髪黒目の美少女だ。
けれど、フローラは占星術師の標準的な服装にならって、黄色を基調とした明るい衣装を身につけていて、黒いローブの姉とは対象的だった。
性格のほうも、姉よりはかなりおとなしい常識人だったが、気弱なせいで姉に頭が上がらないらしい。
アルテが顔を上げて、きつくフローラを睨んだ。
「この役立たず! あんたがすぐにやられちゃったせいで、あたしたちは負けたんだからね」
「そんなこと言わないでよ……お姉ちゃん。他にお姉ちゃんについてくる人がいなかったんだから、しょうがないでしょ」
小さな声でフローラは言った。
フローラに言わせれば、他の騎士団幹部、例えば守護戦士ガレルスたちがアルテの味方としてこの場に現れていないのは、アルテの人望のなさも一つの原因らしい。
アルテはむっとした顔をしたまま黙った。
占星術師は回復などもこなせるが、主な役割は、天体の軌道上の位置を把握して、その力を利用して超巨大型の魔法攻撃を扱うことだ。
フローラの攻撃は遺跡深くに眠る強大な魔族でも一撃で倒せてしまうほどの極めて高い力を発揮する。
けれど一度使うと、しばらくのあいだ魔力は一切使えなくなるという代償付きだ。
一度の戦闘で使えるのは一度きり。
どう考えても対人戦闘向きではない。
フローラはたどたどしい声で、俺たちに向かって宣言した。
「私たちは……聖女ソフィア様の騎士団脱退を認めます。死都ネクロポリス攻略作戦は、撤回します。皇女殿下に……二度と危害を加えようとはいたしません」
それがこの場の話し合いの結論だった。
付け加えれば、召喚士ノタラスと機工士ライレンレミリアの「裏切り」については、当然、不問に付すこととなった。
アルテの処遇はいったん保留だが、少なくとも騎士団幹部の座は奪われるだろうし、重罪人としての処断もありうる。
俺の副団長としての復帰も議論に上がったが、俺はためらいなく断った。
「残念ですな。聖女様とソロン殿、お二人に戻っていただくのが、我が輩の希望だったのですが……」
とノタラスがメガネをくいと押し上げながら言う。
「いまの俺は皇女様の家庭教師だから」
俺は微笑して答えた。
ノタラスにしてみれば、俺とソフィアの復帰という当初の目標は果たせないことになる。
けれど、対立する賢者アルテの失脚は実現しそうだし、収穫はゼロではないというところだろう。
ノタラスはうなずいた。
「いつでも考えが変わったら戻ってきてくだされ。しかし、いずれにしても、クレオン殿がこの話し合いの結果を認めてくださるかどうかが問題ですな」
ノタラスの懸念はもっともだ。
この場にいる幹部は、元幹部を含めても七人。
十三幹部の過半数がいるとはいえ、まだクレオンたち幹部が六人残っている。
彼らが納得してくれないかぎり、この話し合いの結果は実効性を持たない。
とはいえ、死都ネクロポリス攻略計画ぐらいは間違いなく撤回されるだろう。
これを推進していたのはアルテだし、そのアルテが失脚した今、もともと無謀なネクロポリス攻略作戦はお蔵入りとなるはずだ。
けれど、俺の見通しは甘かった。
コンコン、とノックの音がする。
誰だろう?
どうぞ、と答えると、そこにはメイドのクラリスが立っていた。
クラリスは俺たち八人の冒険者の存在に気圧されたようで、目を瞬せて、ためらうように俺たちの顔色をうかがった。
俺がなるべく柔らかい声で言う。
「クラリスさん。どうしたの?」
「えっと、その……お茶のおかわりがいるかと思いまして」
「ありがとう」
「あの……実は、もうひとつ、お知らせしたいことがあるんです」
「遠慮なく言ってよ」
俺が言うと、クラリスは帝都で発行されている日刊紙を差し出した。
その日刊紙は政治団体である平和革新党系の新聞社が発行しているもので、帝都周辺ではかなりの発行部数があり、読者も多かった。
その一面にはこう書かれていた。
「聖ソフィア騎士団が死都ネクロポリス攻略決行へ。帝国政府が全面的協力を約束」






