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5話 真紅のルーシィ

 道中いろんな街に滞在してだらだら過ごしたので、帝都まで戻るのにはたっぷり三週間はかかった。

 人口二百万人の大都市である帝都。

 長引く不景気のせいで、以前に比べれば活気は少し減っているが、それでも帝都が大陸経済の中心であることは変わらない。

 到着したのは朝早かったから、市場をとおりがかると無数の魚屋や料理人がひしめいていた。


 帝都で料理店とかを開店、というのも悪くないかもなあ、とも思う。

 さいわい騎士団のメンバーであった頃の蓄えも十分にあるし、開店資金に困ることはなさそうだ。

 これでも俺は貴族屋敷の使用人の子。

 屋敷の一流の料理人のもとで料理を習っていたこともある。


 でも、たしかに料理の技術に自信はあるけれど、帝都で本職の料理人と勝負してやっていけるほどではないか。

 結局、「中途半端」「器用貧乏」という問題に突き当たってしまう。

 

 ともかく、まずは必須の用事を済ましてしまわないといけない。

 行き先は帝立魔法学校。

 俺たちが卒業した学校だ。


 俺が会うのは、その学校のルーシィ教授だ。

 教授は俺たちの恩師。

 そして聖ソフィア騎士団にとっても、重要な協力者の一人だった。

 帝都に戻ったら必ず顔を出せと教授は言っていた。


 魔法学校は帝都の東地区に位置する。俺は青空を背に立つ時計塔を見上げた。

 この学校の時計塔は、帝都のなかでも指折りの高さを誇っていた。


 俺は懐かしさに思わず、一瞬だけ足を止めた。

 ここにいた頃は、ソフィアもクレオンも俺の友人だった。


 ルーシィ教授のいる部屋の前に来た。


「失礼します」


 俺が部屋に入ったとき、ルーシィ教授はいかにも高価そうな茶色の椅子に深々と腰掛けていた。


「よく来たね、ソロン。急に帝都に戻ってくるなんて、どうしたの?」


 彼女は静かに言い、それから燃えるような真紅の瞳で俺を見つめた。

 ルーシィ教授はまだ20代後半の女性だ。

 飛び抜けて優秀な成績と研究で、若くして帝立魔法学校の教授の職を得たのだ。

 百年に一度の天才だとか、伝説の大魔法使いの再来だとか、彼女を褒め称える言葉には事欠かない。

 けれど、俺は彼女のそれ以外の面もよく知っている。


 俺は何も言わず、そのまま立ち尽くした。

 彼女は美しい赤く長い髪をかきあげて、言った。


「どうしたの? もしかして私に見とれていた?」


「少しだけ」

 

 と俺が正直に言うと、ルーシィ教授はにやりと笑った。


「そうでしょう? だって、私、美人だものね!」


「そういうこと言わなければ、性格も美人だと言われると思いますけど」


「見た目は美人、ってところは認めてくれるわけね?」


「そこは事実ですから」


 俺は淡々と言った。

 印象的な赤い髪に赤い瞳、それに透き通るような白い肌に、やや幼い印象だけれど端正な顔立ち。

 魔法学校の教員が着ているゆったりしたローブも、ばっちり似合っている。

 普通は黒色の教員用ローブだが、ルーシィのだけは特製で鮮やかな真紅で、それも彼女の存在をひときわ目立たせている。


 俺の同級生の男は誰もが彼女をアイドル扱いしていたけれど、わかる気がする。


「昔さ、私があなたの指導教官に決まったとき、周りの友達にけっこう羨ましがられたんじゃない?」


「先生は自意識過剰ですよ」


「で、どうだったの?」


「それはもう、妬まれましたよ。毎日恨み言の嵐です」


「あらら」


「ホントに決闘を挑まれたりして、笑い事じゃなかったんですよ」


 俺は渋い顔をして抗議してみた。

 ルーシィは頬杖をついてくすくすと笑った。


「いいじゃない。そのぐらいの面倒事は我慢しなきゃ。私みたいな美人で天才でとっても優しい教師に教えてもらえるなんて、最高の幸運だったと思わない?」


「まあ、そうですね。幸運だったと思います」


「あら、素直なのね。軽口叩いて否定するかと思ったけれど」


「幸運だったと思うからこそ不思議なんです。ルーシィ先生はどうして俺を選んだんです?」


 この学校では上級生になると、ひとりひとりの生徒に指導教官が決められる。

 どの生徒を誰が担当するかは、生徒と教師がお互いを選び合って決める。生徒は自分を最も理解し、成長させてくれると思う教師を希望する。教師は生徒の希望を参考に、生徒の素質を図り、自らの弟子を決めていく。


 そうすると、自然と優秀な生徒には優秀な教官がつくようになる。逆に言えば、優れた教官は優れた才能を持つ弟子しか採らないということだ。


 なら、どうして抜群の天才であるルーシィが俺を選んだのか。

 ずっと疑問だった。

 ルーシィの答えは明快だった。


「あなたに才能があると思ったから」


「俺には才能なんてないですよ」


「あなたは帝国最強の騎士団を作り上げたわ。魔法剣士としても大活躍! そうでしょう?」


「けれど、追い出された」


 ルーシィは一瞬、固まった。

 それから、「どういうこと?」と真面目な顔になって俺に質問した。

 俺はやむなく、一連の流れを説明した。

 アルテたちに罵られたあたりはぼかしたけれど、それでも、ルーシィには十分に伝わったようだった。

ルーシィは美しい瞳を憂いに染め、深くため息をついた。


「そう。残念ね」


「仕方ないことですよ」


「仕方なくなんてないわ! ひどいじゃない! あなたがあなたのために作った騎士団を仲間に裏切られて追い出されるなんて、そんなのあまりに理不尽じゃない?」


「そう言ってくれて嬉しいです。でも、俺が彼らの役に立たなくなったのは変わらない。いまさら何も変えられないんです。俺はクレオンにもソフィアにもアルテにも、それにルーシィ先生みたいにもなれないんですから」


 ルーシィは絶句して、うつむいた。

 結局のところ、ルーシィ先生も、ソフィアやアルテたちと同じ天才なのだ。

 俺とは違う。

 ルーシィは俺にささやくような小さな声で問いかけた。


「剣と魔法の才能がすべてじゃないわ。私は、あなたにはもっと別の力があるって知ってるもの」


「慰めてくれるんですか?」


「ソロンが望むなら、抱きしめて頭を撫でてあげる」


「遠慮しておきます」


 俺が肩をすくめると、ルーシィは小さく笑った。


「これからどうするの?」


「しばらくは帝都にいるつもりですけど、何の予定もないですし、まずは職探しかな、と」


「そう。そうなのね」


 ルーシィは机の引き出しから一枚の書類を取り、ペンで文字を書いて俺に渡した。

 俺はそれをしげしげと眺めた。


「なんです、これ?」


「求人情報」


「求人情報?」


「師匠からの命令よ。いい? あなたは皇女フィリア殿下の家庭教師になるの」


 ルーシィが何を言っているのか、すぐには頭に入ってこなかった。

 俺は恐る恐る教授に聞いた。


「皇女って皇帝陛下のご息女のことですか?」


「それ以外に何があるの? 帝国第十八皇女フィリア内親王殿下は御年14歳。その美しさは可憐な百合の花にもたとえられ、その聡明さは古の賢者コンフにも匹敵するという素晴らしい方だっていうの、知らない?」


「俺ははじめて聞いたんですが」


「ともかく素晴らしい方なの」


「なんで俺なんかが、そんな高貴な方の家庭教師になれるんです?」


「皇女殿下の希望だからよ。皇女殿下は冒険者にあこがれている。具体的には聖ソフィア騎士団のソロン副団長みたいな、剣と魔法で一人で戦える強い力を持った人にね」


「へ?」


「だから、ソロンみたいな魔法剣士を家庭教師にしたいって殿下自身が言っていたんだけれど、なかなか殿下の気に入る人がいなくって。そしたら、適任者がいるなって思ったの」


「そりゃあ俺はソロン本人ですけど、なんでソフィアやアルテに憧れるんじゃなくて、俺に憧れたりするんです?」


「それは殿下に直接お話を聞けば良いんじゃない? あなたって有名だもの。不思議じゃないわ」


 世間じゃ俺をヒーローだと思っている。皇女殿下も例外じゃない、ということか。

 俺の脳裏には、魔法剣士ソロンのことを熱く語るクラリスの姿が浮かんだ。クラリスはきらきらと輝く瞳でソロンが素晴らしい人物だと熱弁を振るっていた。

 それは虚像だ。そんな立派なソロンなんてどこにもいない。

 追放された、ただの魔法剣士だ。


「しかしですね……」


 と言いかけた俺の口に、ルーシィは人差し指を当てた。


「可愛い恩師が紹介してあげているんだから、素直にやりなさい」


「俺に務まるかどうか」


「あら、私はあなたは教師に向いていると思うわ」


「どうしてそんなことがわかるんです?」


「だって、わたしはあなたのことをよく知っているもの。あなたは私の自慢の弟子よ」


 ルーシィは柔らかく微笑んだ。 

 結局、俺はその仕事を引き受けた。


 ルーシィによれば、皇女殿下の家庭教師というのは、侍従という高位の役職ももらえるそうだ。

 ついでに給与はかなりの額になるともいう。


 それに、ルーシィの頼みを断ることなんてできなかった。


 俺は魔法学校から出た後、宿屋を探して荷物を預け、身なりを整えた。

 さっそく来週には皇宮行きだ。 

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