39話 帝都の商会
次の日の朝、俺は皇女フィリアを連れて、帝都の大通りを歩いていた。
ここは多くの商会が集まるエリアだ。
朝から大勢の人でごった返す帝都の様子を、フィリアは興味深そうに見ていた。
フィリアはずっと皇宮に閉じこめられていたから、こういう街の様子も興味深いのだと思う。
俺たちはフィリアの魔術用の杖を買うために、帝都の商会を訪れようとしていた。
本当ならフィリアを人混みのなかに連れて行くのは危険だから避けたい。
けれど、フィリアのために良い杖を選ぶためには、本人の適性を見ながら、多くの品揃えのある商会で杖を買うのが一番だ。
だから、フィリア自身に帝都の商会に一緒に来てもらう必要があった。
もちろん皇女だとばれないように、フィリアには冒険者風の服を着て、黒いフードで顔を隠してもらっている。
フィリアはつぶやいた。
「こんなに人がたくさんいると、ソロンとはぐれちゃいそうで心配」
「大丈夫ですよ。俺が気をつけていますから」
「もっと確実な方法があるよ。ソロンが手をつないでくれればいいんだよ」
「それは……」
「ダメ?」
フィリアに上目遣いで見つめられ、俺は考えた。
たしかにフィリアの言う通りだ。
原始的な方法だけど、はぐれないためには、手をつなぐのが一番良いと思う。
ちょっと恥ずかしいけれど。
俺がうなずいて、手を差し出すと、フィリアは嬉しそうな顔をした。
そして、その小さな指を俺の指に絡めた。
「こうしていると恋人みたいに思われるかも」
「……早く行きましょう」
「あ、ソロン。照れてるの?」
「照れてません!」
「ホントかな?」
フィリアがくすくすっと楽しそうに笑った。
早く目的地の商会についてしまおう。
俺はフィリアの手を引いて、歩きはじめた。
やがて俺たちは大通りから右へ曲がり、しばらく行ってさらに左に曲がり、小さな路地に入った。
そこにある小さな看板の、古めかしい建物こそ、俺が用のある商会だった。
俺が扉を開けると、多くのホコリが舞い上がり、もわっとした空気が流れてきた。
もう何回もこの商会には来ているけれど、どうにもここの空気には慣れない。
狭い店内には、他に客はいなかった。
焦げ茶色の渋い雰囲気のカウンターに一人だけ若い女性が座っている。
彼女は簡素な黒のジャケットを羽織り、白いズボンを身に着けていた。
この商会の女主人、ペルセだ。
彼女は俺の協力者で、騎士団では物資の調達と処分の面でかなり協力してくれていた。
「あら、ソロンさん。よくぞ、いらっしゃいました」
ペルセは立ち上がると、優雅に微笑んだ。
すらりと背の高い彼女には強い存在感があった。
その美しい髪は淡い青色で、不思議な色に輝く金色の瞳は、まっすぐに俺たちを見つめていた。
ペルセは首をかしげた。
「そちらの方はソロンさんの恋人ですか?」
「へ?」
そして、俺は気づいた。
フィリアと手をつないだままだった。
俺は慌ててフィリアの手を離そうとしたが、逆にフィリアは俺の手をぎゅっと握りしめた。
フィリアはいたずらっぽく瞳を輝かせていた。
何がしたいのかよくわからないけれど、フィリアはたぶん俺をからかっている。
弱った。
無理やり振りほどくのは気が引ける。
俺はペルセにありのままを話した。
フィリアが皇女であるというところは隠したけれど。
「この子は俺の弟子のリア。ここに来るまではぐれないように、手を引いてやってきたってわけ」
「へえ、ソロンさんの弟子、ですか」
ペルセは少し驚いたふうに言い、フィリアを見定めるように見つめた。
しばらくして、ペルセはため息をついた。
「また変わった子を弟子に選びましたね。『汚れた血』が流れている少女ですか」
びくりとフィリアが震えた。怯えるようにフィリアが半歩後ろに下がったので、俺はフィリアの手を握る力を強め、フィリアを安心させようとした。
汚れた血。
それは悪魔の血を引く人間を示す言葉だ。
フィリアが不安そうに俺を見上げて問いかける。
「そ、ソロン。どうしてこのひとはわたしが悪魔の娘だってわかったの?」
「ペルセは商人であると同時に、一流の鑑定士なんです。だから人が何者なのかを見抜くのは、彼女の得意分野です。そして、もう一つ理由があります」
「もうひとつ?」
「ペルセは人間じゃなくて、半分魔族の悪魔なんですよ」
俺はペルセの顔色を見ながら、そう言った。
ペルセは金色の瞳で俺を見つめ、そして微笑んだ。
 






