31話 フィリアとソフィア
帝国侯爵ゴルギアスは怪訝な顔をして、フィリアを振り返った。
そして、フィリアの胸元につけられた銀色のブローチを見て、驚いた表情をした。双頭の鷲をかたどったそのブローチは、フィリアが皇族であることを示していた。
近くに皇族がいることに気づいていなかったのだろう。
ゴルギアスは慌てて居住まいを正した。
「これはこれは、初めてお目にかかります。第十七皇女の……イリス殿下?」
ゴルギアスは自信なさげにそう言った。
何十人もいる皇帝の子どもの顔は、貴族ですら覚えていない。
ゴルギアスも例外ではなく、フィリアの名前を間違った。
フィリアはくすりと笑った。
「惜しいね。イリスはわたしのすぐ上の姉。わたしは第十八皇女のフィリアだよ?」
「これは失礼いたしました。して、皇女殿下がわが娘に何の御用で?」
「言ったはずだよ。ソフィアさんはわたしの客人だって。だから、侯爵にはこの人を連れ去る権利はないの」
「しかし、殿下、私はこの娘の父ですぞ」
「侯爵がソフィアさんの父親にふさわしいとは思えないよ」
「いかに殿下といえども、家族のことに勝手な口をはさまないでいただきたい」
ゴルギアスが憮然とした表情をみせた。
けれど、フィリアはそれを気にもとめず、ソフィアの前に立ち、微笑んだ。
一方、人見知りのソフィアは、落ち着かない様子でフィリアを見つめていた。
フィリアがソフィアに問いかけた。
「どうかな? ソフィアさんはわたしに仕えるつもりはない?」
皇女フィリアが高名な聖女ソフィアを客人として招き、そして彼女を従者として扱う。
この提案は、たしかに現状の問題を解決するもっとも良さそうな手段だった。
いくらフィリアが冷遇されているといっても皇族には違いない。
こうすれば、侯爵はもちろん、騎士団や教会も、少なくとも公の場ではうかつにはソフィアに手を出せない。
迷ったような顔をしたソフィアに、俺はうなずいてみせた。
ソフィアはたどたどしい声で、フィリアに答えた。
「で、殿下の申し出、ありがたく……受けさせていただきます」
これでソフィアはフィリアの従者となった。
思わぬ妨害が入った侯爵は絶句していたが、やがて忌々しげに俺たちを見ると、何も言わずにその場から離れていった。
俺は安堵のため息をついた。
「フィリア様、助かりました。でも、よろしかったのですか? 侯爵にあんなふうに言ってしまって……」
「ソロンはこの人のことを助けてあげたいんでしょう? なら、わたしもその人のことを助けてあげなくちゃ。わたしはソロンに助けられてきたんだから。ソフィアさんはわたしの従者になるんだから、皇宮に部屋を用意しないとね」
そして、フィリアはいいことを思いついた、というようにくすくすっと笑った。
「でもね、ソロンと同じ部屋で一緒に住むのはわたしだけだよ?」
「一緒に住んでる?」
ソフィアがきょとんとした顔をしてつぶやき、それから俺とフィリアを見比べた。
「どういう意味ですか?」
とソフィアはフィリアに問いかけた。
「言葉のとおりだよ? わたしの隣でソロンが寝ているの」
フィリアは綺麗に微笑んだ。
わざと誤解させるような言い方をしているのは、フィリアの悪戯心なんだろうか。
俺は頭を抱えた。
ソフィアは頬を赤く染めて、俺に詰め寄った。
「そ、ソロンくん。皇女様と一緒に住んでるって、どういうことかなあ?」
「えーと、話せば長くなるんだけど、ソフィアが想像しているような感じじゃなくてね」
説明しかけた俺の言葉をさえぎり、フィリアが楽しそうに口をはさんだ。
「わたし、朝もソロンに起こしてもらってるんだよ? 起きたらソロンが優しく抱きしめてくれて、それにキスもしてくれるの」
フィリアが目をきらきらとさせ、「どう?」と言った感じでソフィアに問いかける。
今朝のことなら、俺がフィリアを抱きしめたというよりフィリアが俺に抱きついたというのが正しかった。
キスといってもフィリアの頬に軽くしただけだった。
でも、ソフィアはもちろんそんなことは知らない。
誤解したはずだ。
ソフィアは顔をますます真っ赤にした。
「わ、わたし、やっぱりソロンくんのこと許さないんだから! わたしには一度もそんなことしてくれたことないのに!」
俺は困って目をさまよわせた。
一人だけずっと黙ったままのルーシィ先生が目に入る。
彼女はひとり、深刻そうな顔をして物思いに沈んでいた。
☆作者からのお知らせ☆
これで第二章は完結です。
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