255話 一番相性が良いのは
<お知らせ>
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「ソロン様があたしのことを『俺のもの』だと仰ってくれて、嬉しかったんです」
そう言って、アルテは恥ずかしそうに、俺にささやいた。
アルテは赤面していて、アルテのそんな表情に俺は驚く。
少し前なら、アルテがこんな表情を俺に向けるなんて、考えられなかったことだ。
「お、俺のもの、というのは言葉の綾で……」
「でも、あたしは実際にソロン様の奴隷ですよ。だから、あたしのことを……離さないでくださいね」
アルテは微笑んだ。
いまやアルテには俺しか頼る存在はいない。妹のフローラも含めて、俺の庇護下にある。 だからこそ、アルテは俺の奴隷という立場を受け入れていると思っていた。
でも、それだけだろうか。
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられる。振り返ると、イヴァン皇子がいた。
皇子は人の良さそうな笑みを浮かべ、頭を下げる。
「マクシムのような馬鹿者に、不快な思いをさせてしまって悪かったよ」
「ど、どうかそのようなことをおっしゃらないでください」
皇子だというのに、腰の低い人だ。
たしかに招待状にアルテを含めたのは、イヴァン皇子だ。マクシムの頼みを断りきれなかったのかもしれない。
だが、結果として、アルテを強引に奪おうとしたマクシムの暴挙は、俺の手で止められた。マクシム皇子もそれを追認してくれている。
それで十分だ。
「マクシムはつまみ出した。さあ、楽しい宴の再開としようじゃないか」
「ありがたいお言葉です」
「……ソロン。君には期待しているんだ。イリスとフィリア、二人の皇女を正しく導いてほしい」
きらりと、イヴァン皇子の茶色の瞳が光る。その瞳は吸い込まれるように深く、俺ははっとした。
この皇子はやはりただのお人好しではない。
しかし、俺はフィリアの家庭教師だが、なぜイリスをも導くという話になるのだろう。
俺が尋ねると、皇子は微笑んだ。
「いずれわかる。だが、ともかく僕が君に期待しているんだということは忘れないで欲しい。つまりだ、もし僕が皇帝になれば、君を大臣にでも任命しようということだ」
冗談めかしていたが、それは危うい発言だった。イヴァン皇子が帝位を狙っているということを仄めかしている。
もちろん、まだ帝位継承者は決まっていない。だが、皇后の娘であるイリスたち有力候補と違い、イヴァン皇子の立場はそれほど強くない。
だからこそ、協力者が必要だということだろう。
たとえば、曲りなりにも魔法剣士として有名な俺を、味方に引き込むメリットは小さくない。
イヴァン王子の発言は危険だ。うかつに賛同はできないが、かといって否定すれば角が立つ。
どうしたものかと一瞬、思案したとき、イヴァン皇子はにこりとして、俺の肩を叩いた。
「まあ、考えておいてくれればいいさ」
俺が答えられないことを見越して、気を利かしてくれたんだろう。
イヴァン皇子は、有能な人物に思えた。そういう人物に良い心象を持たれているのは悪くない。
いざフィリアたちが危険になったとき、少しでも頼れる人物を増やしておくのが手だ。
俺が礼を言うと、イヴァン皇子はイリスを手で示した。
「悪いが、相手をしてやってほしい」
「お、お兄様!」
「どうせすぐにソロンとは毎日でも会うことになるんだ」
俺は驚いた。
それはどういう意味なのか、と問いかけようとしたときには、後に皇女イリスのみが残される。
イリスはもじもじと手を組んで、顔を赤くしていた。
「そ、そのお兄様がおっしゃっていたことは、気にしないでください」
「いえ、気にしないでとおっしゃられても……気になってしまいますね」
俺は正直にイリスに言うと、イリスは困ったような、恥ずかしそうな顔をした。
「い、いえ……その、まだ正式に決めたわけじゃないのですが、ソロンには私の家庭教師にもなってほしいのです。お兄様もそれを勧めています」
「わ、私が、イリス殿下の家庭教師にですか!?」
「すでに皇女のフィリアに教えているのだから、皇女一人に教えても皇女二人に教えても同じことでしょう?」
ツンと澄まして、イリスは言うが、目が泳いでいる。
俺は慌てた。
「そういう問題ではないと思うのですが……」
「そ、ソロンは私を教えるのは嫌?」
「嫌ということはありませんよ。光栄なことです」
そう言うと、イリスはほっとした顔をした
そして、微笑む。柔らかい表情を浮かべると、イリスは本当に美少女だ。最初に会ったときの悪印象はまったくない。
イリスも変わったのだろう。それが俺のおかげかはわからない。が、おそらくイヴァン皇子はそう考えている。
だからこそ、俺をイリスの家庭教師にしようとしたのだろう。
俺がどうしたものか、と思案していると、ソフィアがやってきて、俺の腕をつかんだ。
「ソロンくん……わたしのことだけ放っておくの?」
むうっとソフィアは頬を膨らませている。そして、その柔らかい胸が、俺の腕に押し当てられている。
純白のイブニングドレスは薄手だし、しかも胸も大胆に露出しているから、その感触が直に伝わってくる。
俺のどぎまぎした表情を見たのか、ソフィアも恥ずかしそうに目を伏せる。
「ず、ずっとわたしを放っておいた罰なんだから」
「ば、罰って……」
「ソロンくん、照れてる」
ソフィアが赤面しながら、でも、嬉しそうに笑う。助けを求めて周りを見回すと、アルテは羨ましそうに俺たちを見つめていて、イリスとフィリアの姉妹仲良く揃ってジト目で俺を睨んでいた。
そ、そんな目で見ないでほしい。
「私だって、ソフィアさんに負けていないのに」
イリスが小さくつぶやいたが、俺はそれに反応する余裕もなく、ソフィアに服の袖を引っ張られた。
「次のダンスはわたしの番だよね?」
「そうだね」
俺はうなずいた。やがて次の曲が始まる。俺がソフィアと手をつなぐと、ソフィアは恥ずかしそうに顔を赤くして、でも期待するように俺を見つめた。
ソフィアはさすが侯爵令嬢だけあって、そのダンスのスキルは高かった。たぶん、フィリアはもちろん、イリスやアルテよりも遥かに技量は上だ。
それでも、俺はついていける。
「やっぱり、ソロンくんと一番相性がいいのは、わたしだよね」
「ずっと一緒にいたからね」
「わたしがソロンくんのことを一番良く知っているんだもの。フィリア殿下にもアルテさんにも……渡さないんだから」
ソフィアはひとり言のようにそうつぶやき、そして、俺に挑むように、テンポを上げていく。
俺もソフィアの超絶技巧になんとか合わせることができた。周囲はぎょっとした目で俺たちを見ている。
あまり目立ちたくなかったんだけれど、仕方ないか。
一曲踊り終わると、俺とソフィアに、イリスと踊った時以上の拍手喝采が相次ぐ。
ソフィアは俺を上目遣いに見た。
「わたしたち、騎士団長と副団長でなくなっても、良い相棒だよね」
「ソフィアより心強い味方はいないよ」
俺が本心からそう言うと、ソフィアは翡翠色の瞳を輝かせ、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
俺とソフィアの力で、屋敷に住む皆を守れるだろうか。
屋敷での生活がこのまま平和に続くといいんだけれど。
でも、俺は、あまりにも多くの火種を抱えていることに、すぐに気づくことになった。
これにて八章は完結です! 次章でアルテ編が決着し、ソロンの幼なじみの公爵令嬢が登場予定です!
また、本日コミックス1巻の発売日です! ソロンとソフィアの騎士団時代や、フィリアとクラリスの初めての出会いを描く書き下ろしつきです!
加えて、本編前日譚にあたる短編『婚約破棄されました。でも、優しくてかっこいい幼なじみ執事と結婚することにしたから幸せです!』を投稿しています。少年時代のソロンと、幼なじみの公爵令嬢の物語です。こちらもよろしくです!
→https://ncode.syosetu.com/n5642hg/
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