195話 アルテとソロンとマッサージ
「よくできましたね、アルテさん」
アルテはごきげんなクラリスに髪を撫で回されている。
嫌がるかと思えば、そうでもなく、アルテはそれを受け入れていた。
力のすべてを失ったアルテは、かつてとは違って、今の自分の立場を率直に受け入れているようだった。
ともかく、アルテはクラリスのもとで、メイドをすることになった。
とはいえ、体はまだ完全に回復したわけではないし、リハビリも必要だ。
まずはベッドから起き上がって、歩けるようになることが必要だ。
けれど、ずっと寝たきりだったわけだから、筋力も落ちているし、体が慣れていない。
「ええと、足のマッサージから始めようと思うんだけど。こわばった体をほぐすという意味で」
一応、俺は医術の心得が少しだけある。
アルテのリハビリにも協力できそうだ。治癒の魔法は直接的な傷や怪我を治すことはできても、こういう地道なリハビリとかには向いていない。
ただ、男の俺がアルテのリハビリに協力するのは、肌に触れたりもするわけで、いろいろと問題がある。
「ということで、クラリスさんに手伝ってほしくて」
「あたし、メイドのお仕事に戻りますね!」
「え!?」
「回復したアルテさんと一緒に働くの、楽しみにしていますから。いまは二人で仲良くしてください!」
そう言うと、クラリスはひらひらと手を振り、満面の笑顔で立ち去った。
部屋にはまた俺とアルテの二人きりとなる。
俺は困惑し、アルテはちらちらと俺を上目遣いに見ていた。
「どうしようかな……フィリア様……というわけにもいかないし、ソフィアに協力してもらおうか」
ところが、アルテはふるふると首を横に振った。
「先輩で……ううん、ソロン様でいいです」
「俺で? いや、俺に足に触れられたりしたら嫌じゃない?」
「べつに……かまいません」
意外な成り行きに、俺は言葉に迷った。
「ええと、ソフィアのほうがいいかなと思ったんだけど」
「聖女様にしていただくというのも魅力的ですけど……でも、いまはソロン様に……お願いしようかと思うんです」
「どうして?」
「聖女様には……弱ったところをあまり見られたくないですから」
アルテは弱々しく微笑んだ。
俺は途方に暮れた。
とはいえ、クラリスもいなくなってしまったし、ソフィアもダメ、となると……。
他の住人の少女の名前を挙げてみたけれど、アルテは俺に頼みたいと言った。
まあ、たしかに他のメンバーはアルテとの関わりが薄いし、さすがに自分も病人のライレンレミリアに頼むわけにもいかない。
「本当にいいの?」
「……はい」
アルテはこくっとうなずいた。
俺はそっとアルテのスカートの裾をめくった。
「……なっ、なにするんですか!?」
「スカートの上からというわけにもいかないし。だから、俺がやるのはやめたほうがいいって言ったんだけど……。今からでもソフィアを呼んでこようか?」
「いえ……ソロン様にお願いします」
こういうとき、アルテが強情なのは変わらないようだった。
アルテの白い細い足がベッドに投げ出される。
俺はアルテのふくらはぎをそっと揉んだ。
アルテは顔を真赤にして俺を見つめていた。
「手付きがいやらしい気がします……」
「普通にマッサージしてるだけだよ」
「でもっ……!」
アルテはくすぐったそうに身をよじった。
けれど、やがてアルテは口数も少なくなり、やがて柔らかな表情になっていった。
マッサージの効果があるんだろう。
俺が太ももに触れたとき、アルテはまったく抵抗しなかった。
「……上手ですね」
「まあ、素人だけど、勉強したことはあるからね」
「ほんとに先輩は……ソロン様は、こういう変わったことだけは得意ですよね」
「ははは、まあ、剣も魔法も大したことはないけれど、代わりにこういう小ネタが得意なのが俺の強みだから」
「あたしも……ソロン様みたいになれば……魔法が使えなくても、居場所が見つけられるでしょうか?」
「俺みたいに?」
「はい」
アルテは真剣な目でうなずいた。
「どうかな。まあ、もし俺でできることなら協力するよ。何か教えてほしいとかあったら言ってくれればいいから」
「……ありがとうございます」
「まずはリハビリを終えて、メイド見習いになるところからだけどね」
「はい!」
アルテは素直にうなずき、そして俺のマッサージを受けながら、柔らかく微笑んだ。






