180話 大聖女
星空の下、俺とソフィアは見つめ合った。
ここにいるのは二人きり。
デートみたいだ、とソフィアは言う。
ほんのりと頬を赤く染めるソフィアに、俺も体温が上がるのを感じる。
「ええと、デートというわけではなくて……」
「わかってるよ。わたしがそういうふうに思っただけだから」
けど、屋敷の屋根の上なんかで、デートと言えるんだろうか?
俺がそう言うと、ソフィアはふふっと笑った。
「ここも素敵だと思うよ? 夜空は綺麗だし、風は心地よいし……ソロンくんがわたしたちのために用意してくれてお屋敷だし」
「そうかな……」
「うん。でも、今度二人きりで帝都に行きたいかも。連れてってくれる?」
「もちろん」
「ありがとう。……ね、ソロンくん……ルーシィ先生とキスしたよね?」
俺はふたたび慌てた。
その話題はフィリアにも何度も聞かれし、フィリアはとても不機嫌そうだった。
「それに、クレアさんともキスしたんだよね?」
「まあ、うん。不意打ちだったんだよ」
「もしかして、お屋敷の他の女の子ともした?」
ソフィアが不安そうに、手をもじもじとさせる。
俺は首を横に振った。
「まさか」
「良かった……」
クラリスは「屋敷の女の子全員とキスすればいいんですよ」とからかうように言っていた。
リサやライレンレミリア、フローラ、アルテ。
そして、ソフィアとも、とクラリスは言った。
俺は自然とソフィアの赤い唇に視線を向け、そしてソフィアに上目遣いに見つめられ、俺はうろたえた。
ソフィアは俺の内心を知ってか知らずか、ぽつりとつぶやいた。
「昼間は槍術士のレンさんがアルテさんを狙ってきて、危なかったんだよね」
「なんとか撃退したけどね。でも、クラリスさんに怪我をさせてしまった」
「ごめんなさい。わたしの結界が不完全だったから……」
「ソフィアのせいじゃないよ。あれだけ強力な結界は俺にはとても作れないし」
「ソロンくんは……フィリア殿下とわたしなら、どっちを選ぶ?」
「ふぃ、フィリア様とキスなんて畏れ多いよ。それにソフィアとも……」
「き、キスの話じゃなくて! もしわたしとフィリア殿下の二人ともが死にそうで、どちらか一人しか助けられないってなったら……」
唐突な質問だったが、俺は考えた。
フィリアは俺の大事な弟子だ。
ソフィアもずっと一緒にいた仲間だ。
「どちらかを選ぶなんて……できないよ」
「そうだよね。ソロンくんはそういう人だもの」
ソフィアはそっと俺の手に、自分の白い手を重ねた。
暖かな体温が伝わってきて、どぎどきする。
ソフィアは政府に帝国五大魔術師に選ばれ、そう遠くないうちに戦争に参加させられる。
この白くて細いてが、人殺しの道具として使われるなんて、許せることではない。
アルテとフローラを救うと同時に、ソフィアの戦争行きも止めなければならない。
俺がソフィアの翡翠色の瞳を見つめると、ソフィアは顔を真赤にした。
照れ隠しなのか、急にソフィアは本題を切り出した。
「アルテさんを回復させるのは、わたしの魔法では実現できないの」
「聖女の回復魔法でも難しい?」
「うん。魔力回路ごとぼろぼろにされているから……」
ソフィアが目を伏せた。
とはいえ、ソフィア単独の力で治せるのなら、すぐにでもソフィアがアルテを治しているはず。
だから、これは予想の範疇だ。
「他に方法は?」
「難しいと思う。でも、もしあるとすれば……帝国で最も優れた治癒魔法の使い手なら、知っているかも」
「それは……」
ソフィアはうなずいた。
「帝国教会の総大司教ヘスティア聖下。史上三人目の大聖女。あの方ならご存知かもしれないって思うの」






