178話 力を失っても
どうして俺がアルテに優しくするのか。
アルテはそう尋ねた。
けど。
「俺はべつにアルテに優しくしているつもりはないけれど」
「そんなこと……ないと思いますよ」
「そうかな。まあ、仮にそうだとすれば、自分が追放されたときのことを思い出して、アルテを放っておけないからだよ」
「あたしが追放の原因なのに?」
「だからこそ、かもね。騎士団を追放されたときはショックだったけれど、でも、今はフィリア様の家庭教師になれてよかったと思っているよ。屋敷があって、居場所も見つけられたし」
「あたしが力が欲しかったのも……居場所が欲しかったからなんです」
「そうなんだ」
「あたしの実家の侯爵家がある地域では、黒髪黒目は不吉の証なんです。しかも、双子も呪われた忌むべき存在とされていましたから」
アルテは帝国では珍しい黒髪黒目だし、フローラと双子で生まれた。
だから、侯爵家でも疎んじられていたのだという。
ただ、アルテたちには魔法の才能があった。
それで帝立魔法学校に入学し、天才だともてはやされ、一方で周囲には馴染めず対立した。
魔法学校でも俺はアルテと関わりがあったから、その頃のアルテがどんなふうだったかはよく知っている。
優秀なアルテは周りの生徒を見下していて、彼ら彼女らもアルテに強い反感を持っていた。
アルテには他の生徒が愚かに見えて仕方がなかったのだと思うけど、ただ一人、アルテよりも明らかに優秀な生徒がいた。
それが後の聖女ソフィアだ。
「はじめて聖女ソフィア様を見たとき、あたしはソフィア様が運命の人だと思いました。あの人みたいな力を手に入れられれば、きっとあたしはより良い居場所へ行ける。そう思ったんです。でも……」
魔王の力を使って力を手に入れるというアルテの計画は失敗した。
それどころか、魔法をまったく使えなくなり、何の力もない存在になってしまった。
「先輩は騎士団を追放されても、大丈夫だったかもしれません。でも、力のないあたしは……これからどうすればいいんですか?」
「それはアルテ次第だよ。ともかく、体だけは元通りにするように努力するよ」
失明し、手足も十分に動かせない、という今のアルテの状況はなんとかしてあげたい。
目を覚まさないフローラも同様だ。
魔法をふたたび使えるようになるのは、難しいだろうけれど。
「先輩は……力がなくても、追放されても聖女様のそばにいられたんですよね。ううん、聖女様自身が先輩のそばにいようとした。だったら、あたしも……力を失っても……」
アルテはうつむき、小さくつぶやいた。






