177話 どうして優しくしてくれるんですか?
レンはとっさに魔槍を構えたが、フィリアの攻撃に対応しきれず、炎魔法を食らい、痛みに顔を歪めた。
やはりレンが敵だと認識していたのは、俺だけのようだった。クラリスやアルテたちには魔法は使えないからだ。
だが、この場にはフィリアがいた。
レンにとってはフィリアはただのか弱い皇女だが、俺の知っているフィリアは魔術師だ。
不意打ちを受けたレンは怯み、アルテの腕も離してしまっている。
今がチャンスだ。
俺は宝剣を拾う。
そして、もう片方の手で、アルテの小さな手を握ってこちらへと引っ張り寄せた。
「アルテ」
びくっとアルテが震え、そして、俺の腕のなかに抱きとめられる。
その体は華奢で、小さかった。
「先輩?」
「レンに引き渡したりはしないから安心してよ」
「……はい。あの……ありがとうございます」
アルテは泣きそうな顔で俺を見つめ、こくっとうなずいた。
一方のレンは憎悪のこもった目で俺を睨んでいた。
「卑怯な……ボクを騙しましたね?」
「人質をとるような卑怯者に言われたくはないな。さて、どうする?」
クラリスもアルテも、もはやレンの手の届く位置にはいない。
レンはフィリアの攻撃魔法で手負いだし、俺とフィリアの両方から攻撃される位置にいて絶体絶命だ。
「このっ……! こうなったらボクがソロンさんを、いや、皇女もメイドも皆殺しにしてやりますよ」
「できないよ。もうレンは負けたんだから」
レンは悔しそうに唇を噛むと、魔槍を一回転させた。
部屋に描かれた魔法陣が紫色に輝き、次の瞬間、レンは姿を消した。
逃げた、ということだろう。
俺はホッとため息をついた。
戦いは俺たちの勝利で終わった。
「クラリス……大丈夫!?」
フィリアがクラリスに駆け寄る。
クラリスは怪我を負い、かなりの量の血を流していた。
その表情は少し苦しそうだったが、それでもクラリスはくすっと笑った。
「ありがとうございます。ソロン様とフィリア様に助けられちゃいました」
「いや……クラリスさんに怪我を負わせたのは俺の失敗だよ。もっと警戒していれば……」
「そんなこと言わないでください。かっこよかったですよ? ソロン様も、もちろんフィリア様も」
フィリアはそれを聞いて、少し顔を赤くしていた。
珍しく照れているみたいだ。
俺はフィリアとクラリスの二人を見て、微笑ましくなった。
回復魔法をかけると、クラリスの痛みはだいぶ和らいだようだった。
思ったより傷は深くないみたいで、俺は安心する。
「ううっ……」
泣き声がして、俺は驚いて後ろを振り返った。
見ると、アルテが泣きじゃくっていた。
床に座り込み、うつむきながらぽろぽろと大粒の涙をこぼしている。
そこにいたのは、女賢者ではなく、ただの年下の小さな女の子だった。
俺はそっとアルテに近寄り、身をかがめる。
アルテの頬には、殴られた跡がはっきり残っていた。
「怖かった?」
「……はい」
「怖い目にあわせてごめん。でも、この屋敷にいるかぎり、アルテは俺が守るよ」
俺は手を伸ばし、アルテの髪を撫でようとした。
もし泣いているフィリアやクラリスが相手だったら、実際に撫でていただろう。
けれど、俺は思いとどまった。
あまりに弱々しいアルテの姿を見て、安心させようと思って手を伸ばした。
でも、アルテは俺のことが嫌いなはずだし、そんな相手に頭を撫でられるなんて、絶対に嫌だろう。
アルテは顔を上げた。
「あの……どうして……ソロン先輩はあたしに優しくしてくれるんですか?」
【あとがき】
しばらくアルテの出番が続きます。
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