176話 フィリアの活躍
クラリスが悲痛な声を上げ、俺を見つめる。
槍術士レンの槍が人質のクラリスの首筋に当てられていた。
俺は宝剣を構えたまま、フィリアの前に立ってかばう。
もし少しでもレンが槍を動かせば、クラリスの命は無くなるだろう。
レンの要求はアルテの身柄だ。
「俺がアルテを引き渡せば、本当にクラリスさんを解放する?」
「もちろんですとも。ボクが約束を破るような人間に見えますか?」
「どうかな。他人の屋敷に勝手に侵入して、無抵抗のアルテに暴力を振るい、何の罪もないメイドを人質にとるような人間だということはわかったけれどね」
「皮肉を言っている場合ですか? 知っていますよ。このメイドの子をあなたが大事にしているのでしょう?」
「そうだね。クラリスさんは大事だよ。……もしクラリスさんに傷一つでもつけてみろ。俺はレンを許さない」
「脅しですか? 自分の立場がわかっていないようですね」
レンは槍を軽く動かし、クラリスの首筋から離した。
そして、そのメイド服の肩口ごと切り裂いた。
「きゃああああっ!」
クラリスが悲鳴を上げる。
メイド服の肩が裂けて露出し、その肩には深い傷跡が走っていた。
そこから少なくない量の血と流れている。
「クラリスっ!」
フィリアの叫びに、レンはにやりとした。
「メイドだけでなく皇女殿下も傷つけてあげてもいいのですよ?」
挑発に乗ってはいけない。
クラリスの傷は見るだけで心が痛むが、致命傷ではない。
気になるのは、レンの魔槍の効果だった。
レンの魔槍ルーンはかすり傷だけで相手を死に至らせる呪力を持っている。
「ああ、心配しないでください。今は呪いの力は発動していませんので。そうでないと人質の意味もないですからね」
「そうだろうね。だからといって、クラリスさんに傷を負わせていいわけじゃない。後悔することになるよ、レン」
「先日のお返しですよ。よくも恥をかかせてくれましたね」
レンがクレオンと一緒に屋敷にやってきたときのことを言っているのだろう。
あのとき、俺はレンと一対一で戦って勝った。
「とりあえず、その便利な剣を捨ててください」
俺は言われたとおり、宝剣テトラコルドをその場に投げ捨てた。
そうしなければ、クラリスを殺すということだろう。
レンはにっこりと微笑んだ。
「人の価値は等価ではありません。このメイドの子、皇女殿下、それにアルテ。順番をつけて、誰を優先するべきか、よく考えてください」
「少しフィリア様と相談させてもらってもいいかな」
「良いですよ」
俺はフィリアを振り返った。
フィリアは緊張した面持ちで、俺を見つめ返す。
もしクラリスとアルテどちらかを助けるか、といえば、クラリスを選ぶことになる。
ただ、アルテを守る、というのはフローラとの約束だし、アルテ自身にもそう言った。
さっきまでのレンのアルテに対する扱いを見る限り、レンにアルテを渡せば、どんな目にあわされるかわからない。
騎士団には守護戦士ガレルスたちがいて、彼らもアルテに虐待を加えようとするかもしれない。
なら、俺はどうするべきか。
俺はフィリアの耳にそっと口を近づけた。
フィリアが顔を赤くする。
「そ、ソロン……?」
「よく聞いてください、フィリア様」
俺はフィリアに短く耳打ちした。
フィリアの瞳が大きく見開かれる。
フィリアは俺の作戦を聞き終わると、少し不安そうに首をかしげた。
「わたしに……できるかな?」
「できますよ。ガポンとの戦いのときだってできたんです。もうフィリア様は自分を信じることができるでしょう?」
「そうだね……うん、やってみる。ソロン、わたしたちに勝利を!」
俺は微笑んでうなずくと、レンに向き直った。
「話し合いは終わりましたか?」
「ああ……わかったよ。クラリスさんを離してくれるかな。代わりにアルテを連れていけばいい」
アルテは床に転がったまま絶望の表情を浮かべていた。
見捨てられた、と思ったんだろう。
レンの手でクラリスは突き飛ばされる。きゃっ、と悲鳴を上げて、こちらに倒れ込んできたクラリスを俺は抱きとめた。
剣も手に持たない俺は、レンと戦えない。
レンはアルテの腕をつかみ、無理やり引っ張ろうとした。
アルテは抵抗しようとしたみたいだが、レンに腹を蹴られ、悲鳴を上げる。
さらに頬を思い切り殴られ、アルテは動かなくなった。
レンからすれば、あとは魔法陣を再度発動させ、この場から脱出するだけだ。
俺が戦えない以上、そう行動すると見て良いだろう。
だが、そうはさせない。
「フィリア様!」
「うん!」
俺の合図とともに、フィリアが杖を抜き、そして素早く正確に、レンに向けて炎魔法を叩き込んだ。






