175話 槍術士レンと元女賢者アルテ
アルテの部屋の床に展開された大きな魔法陣。
それを見せたくて、クラリスは俺たちをここに連れてきたんだろう。
たしかに得体のしれない魔法陣が屋敷の一室にあるというのは危険だ。
誰が何の目的で、どんな種類の魔法陣を貼ったのか。
内部にはソフィアたちのような魔法を使える人間が何人かいるが、彼女たちがやったわけじゃないだろう。
でも、この屋敷は結界で守られている。
外部からの侵入が遮断されているのに、どうやって魔法陣を描いたのか。
クラリスは困ったような表情で手を頬に当てていた。
「あたしがついさっきここに来た時は、もうこの紫色の魔法陣が光っていました」
「知らせてくれてありがとう。……召喚魔法の魔法陣、かな」
魔法陣の形状でおおよその用途や種類はわかる。
円形の中に星と菱型を組み合わせた模様から判断できた。
フィリアが魔法陣を興味深そうに眺めている。
「これ……かっこいいね」
「たしかに魔法陣の模様は綺麗なものが多いですね。すぐにフィリア様も使えるようになりますよ」
「うん!」
時間があれば、フィリアに魔法陣の実例として、どういうふうな構造になっているかを詳しく教えたいところだ。
けれど、早いところ魔法陣を消してしまったほうが良さそうだ。何が起こるかわからないし。
だが、一歩遅かった。
急に魔法陣が強く光りだした。
フィリアとクラリスが息を飲む。
目の見えないアルテも、気配を感じ取ったのか、「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「下がっててください」
「うん……」
フィリアがうなずく。
俺は宝剣テトラコルドを抜いた。
すでに魔法陣は発動している。
そして、魔法陣の光の中から、人がゆっくりと浮上してきた。
それは一人の小柄な少女だった。
青い短髪が印象的で、手には赤い槍を持っている。
「レン……!」
騎士団幹部の一人、槍術士のレンだった。
レンは手でぱんぱんと騎士団の白い制服を整えた。
そして、俺たちに向き直る。
「これはこれは。揃ってお出迎えいただいたようで。ボクとしてはこっそり用事を終えるつもりだったのですが」
レンはくるりと槍を回し、微笑んだ。
屋敷の結界を破られ、召喚魔法陣を遠隔地に出現させる。
そうすることでレンは奇襲を実現したらしい。
レンも優秀な魔術師だけれど、この屋敷の結界はソフィアの協力も得て貼っているし、そう簡単に破れるものじゃない。
誰か別の人間の助けがあったと見てよいだろう。
つまり、クレオンたちの意向を受けて、レンはこの屋敷に密かに現れようとしたのかもしれない。
けれど、それがなぜアルテの部屋なのか。
「レン……なの?」
アルテが小さな声でレンを呼ぶ。
寝間着姿のアルテは、ベッドの上で縮こまっていた。
レンはにやりと笑い、アルテに近づいた。
「はい。あなたの元側近の幹部レンですよ」
「レン! あたし、クレオン先輩やガレルスのせいで魔法が使えなくなっちゃって……」
「それでいまはソロン先輩の奴隷なのですよね?」
「……っ! そう。だから、助けてほしいの。魔法を取り戻して、クレオン先輩たちに復讐するから……」
アルテはレンにすがりつくようにしたが、その手は宙を舞った。
失明したアルテには、レンの姿も見えていない。
レンは男嫌いのアルテの側近だった。アルテの引き立てがあって幹部になれたという面もあるし、常にアルテのそばにいた。
けれど、レンは槍の柄でアルテの頬を強打した。
ベッドの上のアルテは床に転げ落ち、「がはっ」と変な音を立てて息を吐いた。
そのままレンはアルテの腹を踏みつけ、そして何度も蹴り飛ばした。
「あっ、痛いっ! やめて……きゃあああっ!」
アルテが苦痛のあまり悲鳴を上げていた。
今のアルテは魔法も使えないし、体もまともに動かないから抵抗もできない。
無抵抗な相手に暴力を振るうのは、冒険者の倫理に反する。
俺が止めに入ろうとすると、さっとレンは身をかわして、後ろに飛び退った。
だが、その目はアルテを冷ややかに見つめたままだった。
「どうしてボクがアルテに協力しないといけないんです?」
「だって……レンはあたしの側近で、味方で……」
「ボク、あなたのこと、嫌いだったのですよね。騎士団の実力者だったから、媚を売っていましたけど、反吐が出る思いでしたよ」
「そんな……」
「力のなくなった今のあなたなんて、何の価値もないんですよ」
「あっ……」
アルテは床から起き上がろうともがいていたが、レンの言葉を聞いて、ぐったりとその場に倒れ込んでしまった。
アルテはぽろぽろと涙をこぼしていたが、レンは気にしていないようだった。
「ただですね、ボクらはアルテにちょっとした用事があるのですよね。ということで、ソロンさん。アルテをもらっていってもいいですかね?」
「アルテは俺の『奴隷』だよ。高い金を支払ってクレオンから買ったんだ。渡すことはできないな」
「こんな奴隷、ソロンさんが持ってても、何の役にも立たないでしょう? ああ、それとも夜の相手でも無理やりさせているんですか?」
レンの言葉は挑発というもので、俺は相手にする必要を感じなかった。それより気になるのは、いまさらレンやクレオンたちがアルテに何の用があるかだ。
けれど、クラリスは違ったみたいで、顔を真っ赤にしていた。
「ふざけないでください! あたしのソロン様がそんなひどいことをするはずないです!」
レンは不愉快そうにクラリスをちらりと見ると、その整った顔に凶悪な笑みを浮かべた。
「たかがメイドの分際で偉そうですね……!」
俺ははっとしてクラリスをかばおうとしたが、レンの動きは素早かった。
俺から少し離れた位置のクラリスに、レンはあっさりと近づく。
そして、クラリスの首筋に槍を当てた。
クラリスが小さな悲鳴を上げる。
「さあ、ソロンさん。ボクはこのメイドを人質にとりました。このメイドの子の命が惜しければ、アルテを引き渡してください!」
【あとがき】
次回は戦闘回!
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