174話 アルテと魔法陣
クラリスに急かされ、俺とフィリアは二階の部屋へと向かった。
アルテとフローラがいる部屋だ。
「いったいどうしたの?」
「見ていただいたほうが早いです」
俺の問いに、クラリスはそう答えて俺の手をとった。
まるで当たり前のように手をつながれて、俺はどきりとする。
クラリスがくすっと笑って、俺を振り返る。
「手をつなぐぐらい、どうってことはないでしょう?」
「いや、でも……」
「だってソロン様はキスだっていつもしてますし。しかも二人の女の人と、たて続けに」
ルーシィ先生とクレアとのことを言ってるんだとは思うけれど。
さっきフィリアもそのことで不機嫌になっていたし、俺はこの先も、あの二人とキスしたことを言われ続けることになるんだろうか。
俺がそう言うと、クラリスはいたずらっぽく微笑んだ。
「そうですね。なら、あたしともキスしてくれたらいいんじゃないでしょうか」
「えっ……ええっ!」
「あたし、ソロン様とだったらいいですよ?」
クラリスはくすくすっと笑った。
たぶんからかわれているんだと思うけど。
フィリアが頬を膨らませて俺たちを見ている。
クラリスは相変わらず笑顔だった。
「フィリア様もソロン様にキスしてもらえばいいんですよ。あとソフィア様やリサさんに、ライレンレミリア様ともキスですね」
「それはまずいんじゃないかな……」
「二人としたなら、三人とキスしても四人とキスしても同じでしょう?」
「クラリスさん……もしかして何か怒っている?」
「べつに怒ってなんかいませんよ。あたしには何もしてくれないのに、なんて全然思っていませんから」
クラリスはどこまで本気なのか冗談なのかわからないような口調で言う。
「あ、そうだ、アルテ様ともキスすればいいんじゃないですか?」
「アルテと俺が? まさか。あの男嫌いで、特に俺を嫌っていたアルテとなんて」
ありえない、と思う。
ルーシィ先生やクレアは俺のことを好きだと言ってくれて、不意打ちで俺にキスをした。
そういうことがアルテとのあいだで起きるなんて思えなかった。
「そうでしょうか。好きの反対は無関心だってよく言うじゃないですか。すごく嫌われているってことは、それが反転すれば大好きってことにもなるんだと思います」
「そうかなあ」
「アルテ様は本当は、すごくソロン様に興味がある気がします。双子のフローラ様だって、ソロン様のことが好きだったわけですし」
アルテの双子の妹のフローラは、たしかにそう言っていた。ネクロポリスで魔王復活の犠牲とされて依頼、意識を取り戻していない。
ともかく、アルテたちの部屋に俺たちは到着した。
扉を開けると、どうしてクラリスが俺たちを連れてきたかがわかった。
「これは……!」
俺は驚きのあまり声を上げてしまった。
部屋の中央の床に、紫色の光る線が幾何学模様を描いている。
それは高度かつ複雑な魔法陣だった。
「ソロン先輩……」
俺の名を呼ぶ声に振り返ると、ベッドの上に黒髪の少女が座っていた。
寝間着のピンク色のネグリジェを着ていて、心細そうにしている。
光を失った瞳が、うつろに宙を見つめていた。
以前とは印象が違いすぎて別人かと思ってしまうけれど、それが元女賢者のアルテだった。






