173話 賢者フィリア?
フィリアの小さな顔がすぐ目の前にある。
くすっとフィリアは微笑んだ。
俺は顔を赤くして、フィリアから離れた。
書斎に二人きりでいるのは、俺がフィリアに魔法を教えるためだ。
断じて、それ以外の目的じゃない。
キスの仕方を教えてほしいなんてからかわれても、動揺してはいけない。
「それで、キスの仕方以外だったら、何を教えてくれるの?」
「それは……」
「わたし、そろそろ魔法剣を使ってみたいな。杖で魔法を使うのは、慣れてきたし。ね?」
たしかに、フィリアの目標は俺で、つまり、魔法剣士になるということなのだ。
それなら、魔法剣をもたせて、そしてフィリアに剣術を教えなければならない。
けれど。
「フィリア様……そのことなんですが、提案がありまして」
「提案?」
「フィリア様にはやはり魔法剣士以外の道に進むのが良いと思うんです」
「どういうこと?」
「ルーシィ先生を助けたときの戦いでも、フィリア様は魔導書に秘められた攻撃魔法を使いこなしていました。高い魔力と魔法を操る才能がなければできないことです」
「ありがとう。でも……そうだね。ソロンが言いたいのは、わたしが黒魔道士とか、そういうのに向いているってことだよね?」
俺はうなずいた。
フィリアが俺に憧れて、俺みたいになりたいと言ってくれることは嬉しい。
でも、だからといって、フィリアが魔法剣士になることがもっともふさわしいというわけでもないと思う。
「俺は魔力もそんなになくて、魔法の才能があったわけでもありませんでした。ソフィアやルーシィ先生みたいな聖女や大魔法使いにはなれません。だから、魔法だけじゃなくて、剣も操る魔法剣士になったんです。でも、フィリア様は違います」
「わたしには魔法の才能があるってことだよね。ソロンがそう言ってくれるのは嬉しいよ」
「なら……」
「だけどね、わたしはソロンみたいになりたいの。わかる?」
「ありがとうございます。でも……もしフィリア様が魔法に専念して、魔術の道を極めれば、きっと偉大な魔術師になれると思うんです。たとえば、賢者の称号を得ることだって、きっとできます。それがフィリア様のためにもなるのではと思うのですが……」
「わたしがソロンを師匠にしたのは、ソロンみたいな魔法剣士になりたいからだよ? わたしの願いは魔法剣士になることなの。だからね、わたしは黒魔道士にも賢者にもならない」
そう言って、フィリアはいたずらっぽく目を輝かせた。
フィリアの意思は固いみたいで、俺は困った。
二流の俺とは違って、フィリアには一流の魔術師になってもらいたい。
それが師匠としての俺の望みだ。
だけど、弟子のフィリアは魔法剣士になることを望んでいる。
フィリアが使った魔法「王の炎」一つを見るだけでも、その力は圧倒的だった。
魔法剣士みたいな中途半端な存在になる必要は、フィリアにはないはずだ。
「それにね、わたしが賢者って似合うと思う?」
まあ、たしかにそれは以前、考えた。
黒いローブに三角帽という賢者の典型的な格好が、今のフィリアに似合うかといえば、微妙かもしれない。
でも。
「成長すれば、きっと似合いますよ」
今のフィリアはまだ十四歳だけれど、もう少し背が伸びれば、格好良い感じになるんじゃないだろうか。
まあ、それは重要な問題じゃなくて、大事なのは魔法の能力だ。
賢者は攻撃魔法を操る最高峰の称号だが、フィリアの能力をもってすれば、なることだって不可能ではないはずだ。
だからこそ、賢者なり聖女なり、フィリアには一流の存在になってほしいんだけれど。
どうやってフィリアを説得すればいいだろう?
「だから、ソロン。やっぱり魔法剣の使い方を教えてほしいな。あ、でも、キスの方でもいいんだよ?」
フィリアはふたたび俺にそっと近づき、その頬を俺へと寄せた。
フィリアの唇が俺の顔に近づくが、二度目だから、今度は俺も動揺しない。
俺はすぐにフィリアから離れるつもりだった。
ところが書斎の扉が激しくノックされ、扉が勢いよく開けられた。
「ソロン様! あの……」
メイドのクラリスが部屋に飛び込んできて、そして、俺とフィリアの姿を見て固まった。
第三者から見れば、フィリアが俺にキスしようとしているところに見えるかもしれない。
フィリアは顔を真赤にして俺から離れたけれど、ますますクラリスを誤解させたようだった。
「ふぃ、フィリア様まで……」
「クラリスさん、誤解だからね」
「こ、こうなったら、あたしもソロン様とキスするしかありませんね!」
どこまで本気なのかわからない感じで、クラリスが口走った。
身を乗り出すクラリスを押し止め、そして尋ねる。
「なにか用事があったんじゃないの?」
「……っ! そうでした! アルテ様の部屋に……」
クラリスは息が切れたのか、そこで言葉を止めた。
俺とフィリアは顔を見合わせた。
元女賢者アルテ。
今は俺の奴隷となり、魔法も使えなくなった少女だ。






