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161話 実践あるのみ!

 窓から差し込む日光のまぶしさに、俺は目を覚ました。

 頭痛がする。


 ここは……自由同盟の隠れ家だ。俺はフィリアに屋根裏部屋で魔法を教え、そのまま眠ってしまったんだった。

  

 寝ぼけ眼であたりを見回すと、不満そうな顔の少女が目の前にいた。

 流れるような金色の髪が印象的で、純白の修道服をまとっている。


 翡翠色の美しい瞳がじっと俺を見つめていた。


「ソフィア?」


 俺の目の前にいたのは、聖女ソフィアだった。

 

「どうしてここにソフィアがいるの?」


「ソロンくんはどうしてだと思う?」


 ソフィアの視線が、俺の顔から、俺の胸へと下りていく。

 そして、ようやく俺は気づいた。


 幸せそうな寝顔のフィリアが、俺に抱きついていた。

 慌てて俺はフィリアから離れようとした。が、フィリアの手はしっかりと俺の体にしがみついていて、無理やり起こさない限り、逃げられそうになかった。


「そんなに皇女殿下と二人でいたいんだ?」


 ソフィアがすねたように言う。

 そういうわけではなくて、と説明しかけたところで、フィリアがぴくっと動いた。

 どうやら目が覚めたみたいだ。

 

 フィリアはぼんやりとした目つきだったけれど、しだいに意識がはっきりしてきたようで、目の前の俺を見て、目を丸くした。


「わたし……寝ちゃったの?」


「はい。ずっと集中して練習していましたから、疲れていらっしゃったんでしょう」


「でも……徹夜で練習するはずだったのに」


「フィリア様は十分、頑張りましたよ」


「うん……」


 フィリアはつぶやき、そして、自分が俺に抱きついていることに気づいたみたいだった。


「わたし、ソロンとくっついて寝ていたの?」


「そうみたいですね。寒かったのかもしれません」


 と俺は淡々と返して、フィリアが離れるのを待った。

 けれど、フィリアはふふっと笑い、ますます強く俺に抱きついた。


「ふぃ、フィリア様?」


「ソロンは……あったかいものね」


「ええと?」


「昨日、魔法を教えてくれたお礼だよ?」


 ごきげんなフィリアと対称的に、ソフィアは涙目になっていた。


「で、殿下だけずるいです! わたしも……!」


 ソフィアは早口で言い、そして、俺の腕をとって密着しようとする。

 ……困った。

 フィリアのこともソフィアのことも、俺は突き飛ばしたりなんてできない。

 

 俺がどうしよう、と頭をひねっていたら、救い主が現れた。

 ソフィアに続いて、レティシアとルシルの二人もやってきたのだ。


 ルシルは無表情だったが、レティシアの瞳には明らかに面白がるような色が浮かんでいた。


「朝からお盛んなことだ」


「レティシアさん……わざと言ってますね?」


「まあね」


 フィリアとソフィアは頬を赤く染めて、慌てて俺から離れた。

 レティシアはくすくす笑っていた。


「まあ、冗談はさておき、だ。ルーシィの魔導書の実戦投入は可能そうかな?」


「フィリア様の頑張りのおかげで、使うこと自体はできるかもしれません」


「その様子だと、完全というわけではなさそうだな」


 それはやむを得ない。

 いくらフィリアの成長が速いといっても、時間がなさすぎる。

 加えて、例の魔導書の魔法は膨大な魔力を必要とするから、これから試すとしても、そう何度も練習するわけにはいかない。

 フィリアが魔力切れになってしまうからだ。


「ぜひ使ってみてほしい」


 レティシアは真剣な面持ちで言った。

 彼女の立場からしてみれば、フィリアが戦力として使えるかどうか、というのは極めて重要なのだろう。


 が、俺は気が進まなかった。


 第一に、レティシアを俺は完全には信用していない。フィリアが問題の魔法を使うところを見せて良いのだろうか。


 第二に、みんなが見ている前では、フィリアも緊張して魔法がうまく使えないかもしれない。


 けれど、フィリアはやる気満々のようだった。

 フィリアは立ち上がって、俺たちに宣言した。


「今から……使ってみる!」


「ですが、もう少し準備をしてからのほうが良いのではないでしょうか?」


 俺が言うと、フィリアは首を横に振った。


「準備なら昨日の夜にしたもの。魔導書を使うための知識と技術は、全部ソロンが教えてくれた」

 

 だから、後は実践あるのみ。

 俺は理由をつけて、フィリアがルーシィの魔導書を使うのを止めようとしたが、思いつかなかった。


 フィリアの言うとおり、うまくいくかどうか、ともかく試してみなければならない


 リンゴの木の杖を、フィリアは振りかざす。

 そして、真っ赤な表紙の魔導書を片手に持ち、ページをめくっていく。


 俺は解読した魔導書の内容をもとに、フィリアに魔法の発動の仕方を細かく指示を出し、そしてフィリアはそれに従って準備を進めていった。


「ところで、支援魔法なので、誰か強化する対象がいるわけですが……」


「もちろん、わたしが強化するのはソロンだよ?」


 フィリアは断言し、そして俺に杖を向けた。

 俺の力になりたい、というのがフィリアの願いだった。


 なら、強化の対象に俺を選ぶのは自然だ。


 ただ、少しだけ、俺は身構えてしまった。


 普通の支援魔法ではなく、ルーシィの残した特殊な魔法をかけられる、となると何が起こるかわからない。

 仮にフィリアが失敗すればどんなことが起きるか――。

 

 そこまで考えて、俺は反省した。

 フィリアに向かって、きっと魔導書を使えるようになるから自分を信じてほしい、と俺は言った。

 なのに、その俺がフィリアのことを疑うのはダメだ。


 俺はフィリアに正面から向き合い、うなずいてみせた。

 フィリアは俺を青い瞳で見つめ、そして、魔法を発動させた。


 隣に立つソフィアが、息を飲んで驚いていた。

 フィリアの杖が赤く輝き、恐ろしい量の魔力の奔流が起きる。

 

 そして、その流れが俺へと向けられる。

 俺の体が赤い光に包まれた。

 

 たしかに尋常ではない魔法だ。

 天才ルーシィが生み出し、そしてフィリアの魔力量なしには使えないというだけのことはある。


 けれど――。

 やがてフィリアが杖を下ろした。


 魔法を使い終わったんだろう。

 その瞳には疲れが浮かんでいた。かなりの魔力量を使ったんだから当然だ。

 回復までには半日はかかるだろう。


 そして、フィリアは俺の様子をうかがった。


「どう? ソロン?」


 俺は迷い、ためらい、そして口を開いた。


「大変申し上げにくいんですが……目立った変化は実感できません」


 俺の言葉に、フィリアはショックを受けたのか、がっくりと肩を落とした。

 慌てて、俺は言葉を続ける。


「俺にわからないだけで、実際には強化されているのかもしれませんけれど」


「でも、この魔導書は相手のあらゆる能力をすごく引き上げるんだよね? わたしが初級の支援魔法を使ったときでも、ソロンはすごく効果を感じたんでしょ?」


 そのとおり。

 フィリアは俺と魔力回路をつなげていて、そして膨大な魔力量を持っている。だから、簡単な支援魔法でもその効果はかなりのものだったし、体の内側から力がみなぎってくるのを感じた。


 でも、フィリアが遥かに上級のはずのルーシィ発明の支援魔法を使っても、効果が分かる形で現れないのはなぜなのか?

 

 単なる失敗なのか、それとも……。

 ルシルが真紅の瞳で、意味ありげに俺とフィリアを見つめていた。

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