159話 特訓しましょう!
フィリアは二人きりで俺と話したいという。
「もしかして、皇女殿下から愛の告白かな」
レティシアのからかうような言葉に俺は苦笑する。
たぶん、そうではないと思う。
ただ、二人きりになれる場所、というのはあまり多くなさそうだ。
俺はフィリアを連れて、隠れ家の屋根裏部屋へと移動した。
埃っぽくて、しかもかなり狭い。
「すみません、こんなところになってしまって」
「ううん、いいの。わたしが無理を言ってるんだもの。ソロンを本当は休ませてあげないといけないのに」
「フィリア様のご用命とあらば、疲れも痛みも吹き飛びます」
俺が冗談めかして言うと、フィリアはくすっと笑い、「ありがとう」と言った。
ただ、その青い瞳は憂いを帯びていた。
さっきから、フィリアの様子が変だ。
いつもの弾けるような明るさがない。
「フィリア様……元気がなさそうに見えますが、大丈夫ですか?」
「そう見える?」
「はい」
俺は心配になった。
もしかして、明後日にルーシィ救出を決行することが不安なんだろうか。
聖女ソフィアに加えて、皇女であるフィリアの名前を使って、俺たちは大聖堂に潜入する。
そうなったとき、フィリアが危険にさらされる可能性だって低くない。
俺はそう言ったが、フィリアは首をふるふると横に振った。
「それは違うよ。ソロンの役に立てるんだから、嬉しいぐらいだもの。教会に行くことが心配で落ち込んでいるんじゃないの」
「そうですか……」
「わたしは……そのぐらいしか、ソロンの役に立てないから。わたしには何の力もないもの」
「そんなことを言わないでください」
先日の中級魔法の失敗以来、フィリアは卑屈だった。
こないだの陸海軍省への潜入にも、「わたしが役立たずだから連れて行ってくれないの?」と暗い顔をしていた。
どう言えば、フィリアに元気を取り戻させることができるだろう?
「ねえ、ソロン。明日、わたしに魔法を教えて」
「そうですね。いざとなったらフィリア様だけでも逃げられるように、潜伏魔法を覚えていただきましょうか」
俺は深く考えずに、フィリアに提案した。
ネクロポリス攻略のときと違って、俺たちが危ない状態になったら、フィリアだけでも逃げてもらうという事態も十分に考えられるからだ。
けれど、フィリアは悲しそうな顔をした。
「わたし、ソロンを置いて一人で逃げたりしないもの。そんなこと、わたしがすると思う?」
不用意な言葉だったみたいだ。
そんな意味で言ったつもりはないのだけれど。
俺は身を屈めて、フィリアと目線を合わせた。
「フィリア様が俺のことを大事に思ってくれていて、嬉しいです。フィリア様が俺を見捨てたりしないことはわかっていますよ」
「なら……」
「だからこそ、万一、俺やソフィア、レティシアさんたちで手に負えない事態になったら、フィリア様だけでも無事でいてほしいんです」
「そんなの……嫌だよ。わたしだけ助かっても、ソロンがいなかったら意味がない!」
「ですが……」
「わたしが教えてほしいのは、ソロンの役に立てるような魔法なの。ルーシィの魔導書だって、わたしなら、使えるはずなんだよね? レティシアさんも、みんなも、私がその魔法を使うことを期待しているもの」
「レティシアさんに何を言われたのかわかりませんが、気にしてはいけませんよ」
「わたしは……」
フィリアの憂鬱の理由を、俺は理解した。
俺はフィリアのことが大事で、フィリアが危険にさらされるなんて、耐えられない。
だから、俺はフィリアの身の安全を第一に考えてしまう。
でも、それがフィリアには不満なんだろう。
守られてばかりで、まるで自分が必要とされていない存在かのように感じてしまうのだと思う。
しかも、目の前には、自分だけしかできない、そして、自分にならできるはずの、偉大な魔法が存在する。
それが使えれば、周りの力になれるのに、でも、実力不足で使うことができない。
そんな状況に置かれれば、葛藤を感じて、苦しんで当然だ。
俺はフィリアの頭にぽんと手を置き、銀色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
フィリアはびっくりしたような表情で顔を赤くした。
そして、俺をじっと見つめた。
「そんなことされても誤魔化されないもの!」
「そうですね。俺はフィリア様の気持ちに無頓着すぎたかもしれません」
「え?」
「フィリア様は自分を信じることができますか?」
「わたしが……わたしを信じる?」
「そのとおりです。もしこれから俺と訓練すれば、ルーシィ先生の魔導書が使えるようになると本気で信じることができますか?」
俺は真剣にフィリアを見つめ、問いかける。
フィリアは答えるのをためらったようだった。
俺自身、こないだはフィリアに対して、ルーシィの魔法をすぐに習得することは難しいと言った。
だから、フィリアができると即答できなくても当然だ。
ただ、フィリアは、二日後の救出作戦で、ルーシィの大魔法を使って、俺の力になりたいと言った。
本気なら、明日中には習得しなければならない。
俺はふっと頬を緩めた。
「俺はフィリア様ならできると思っています」
「本当に?」
「本当ですよ。平凡な俺でも、自分を信じて努力すれば、帝国最強の騎士団の副団長になれました。なら、フィリア様はもっと高みに行けるはずです。フィリア様は俺なんかとは違って、天才なんですから」
「ソロンは平凡なんかじゃないと思うけど、でも、そうだね。わたしはソロンの弟子なんだもの。きっとできるよね」
俺は力強くうなずいた。
「ということで、早速訓練を始めましょうか」
フィリアが大きく目を見開いた。
「い、いまから!? で、でもソロン……疲れているんじゃ……」
「言いましたよね。フィリア様のためでしたら、痛みも疲れも吹き飛びます。ですが……代わりに、厳しくなることを覚悟してくださいね?」
「ソロンが厳しくするところって全然想像がつかないけど」
「俺の厳しいところを見せてあげましょう。さあ、徹夜で魔法の練習です」
俺が笑いながら言うと、フィリアはぱっと顔を明るく輝かせた。
そして、急にフィリアが俺に抱きついた。
背の低いフィリアが抱きつくと、ちょうど俺の腹のあたりにフィリアの小さな顔が来る。
「ありがとう、ソロン。大好き!」
「お礼を言うのは早いと思いますよ」
いつものこととはいえ、こうしてフィリアに抱きつかれるのはいまだに慣れない。
一方で、俺は心のなかで安堵のため息をついていた。
良かった。
いつものフィリアに戻ったみたいだ。
はたして短期間でルーシィの魔法を使えるようになるのか。
それはフィリア次第だけれど、もちろん俺にも成功の算段があった。
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