157話 ソフィアの決意
「ルーシィの救出は……どうだった?」
フィリアに問われ、俺は首を横に振った。
結局、俺の単独潜入による救出作戦は失敗に終わった。
ガポン神父が魔王の力を使って妨害したせいで、それさえなければ上手く言ったはずだが、失敗は失敗だ。
ルーシィの救出は改めて計画し直さなければならない。
だが、さしあたり一つ気になることがある。
ルーシィ救出に向かう前、俺はフィリアたちに屋敷で待っているように伝えたはずだ。
アレマニア語を話せるという特技を使って、俺が単独で潜入するというのが今回の作戦だったからだ。
なのに、なぜかフィリアが自由同盟の隠れ家にいる。
「どうしてここにフィリア様がいるんです?」
俺の問いにレティシアが答えた。
「私が連れてきたのさ。君が不在となれば、皇女殿下の身柄を狙うやつもいるだろうからね」
それは俺も考えていた。
ただ、フィリアにはソフィアもついているし、ラスカロスたち旧聖ソフィア騎士団帝都支部の人間たちに警護を頼んでもいた。
一方、レティシアはルーシィの仲間ではあるものの、俺は完全に信用しているわけじゃない。
どちらかと言えば、この場にフィリアがいる方が危険なのではないか。
「勝手に屋敷を抜け出してごめんなさい、ソロン。でも、ルーシィを助けるためにも必要なことだって言われたの」
「ルーシィ先生を助けるため、ですか」
つまり、レティシアはルーシィ救出に、フィリアを利用しようとしているらしい。
それがどんな形かはわからないが。
「おっと、ソロン君。そんな怖い顔で見ないでくれよ。君も私も、ルーシィを助けたいという点では共通しているはずだ」
「それはそうですが、フィリア様を危険にさらすというのは賛成できません」
「本当にそうかな?」
「どういう意味です?
「ルーシィが残した魔導書。それに封じられた大魔法を使えるのはフィリア殿下のみ。その大魔法を使ってルーシィを救出する。君も考えていたはずだ。そうだろう?」
俺は驚いてレティシアを見つめた。
ルーシィの魔導書のことも、フィリアがその魔導書を使えるかもしれないことも、もちろん秘密にしてあった。
なのに、どうしてそれをレティシアが知っている?
フィリアを見ると、「わたしが喋ったんじゃないよ」とふるふると首を横に振った。
とすれば、だ。
俺たちは隠れ家の廊下を歩き、やがて湿っぽい広間へと出た。
そこには七、八人の人がいた。
大半は自由同盟の会合で一度だけ見かけたメンバーだ。
が、そのなかに二人、よく知った顔があった。
一人は俺の仲間の聖女ソフィア。
もうひとりはルーシィの姪で、俺の妹弟子のルシルだった。
ソフィアは涙のたまった瞳で俺を見つめ、そしてすぐに俺に抱きついた。
「そ、ソフィア!?」
「ソロンくん! 無事で良かった……」
「み、みんな見ているから……」
そう言っても、ソフィアはしばらく俺から離れなかった
正面から抱きつかれると、ソフィアの胸の柔らかさが押し当てられる形になって、俺はどうすればいいかわからなくなった。
俺が顔を赤くしていることに気づき、ソフィアも恥ずかしくなったのか、俺から離れた。
そして、ソフィアは自分がここにいる経緯を説明し始めた。
俺がルーシィ救出に向かった後、レティシアが屋敷を訪れた。
レティシアは自由同盟の幹部として指名手配を受けていて、行方不明だったが、突然現れたわけだ。
最初はソフィアも警戒したものの、レティシアはルーシィの仲間でもあるし、ネクロポリス攻略の際にはソフィアもレティシアと行動を共にしている。
ルーシィの救出、ひいては俺の身の安全を確保するために、レティシアはソフィアを説得し、協力を約束させたらしい。
屋敷の住人のうち、十分な戦力になるのはソフィアだけだから、フィリアの護衛も兼ねてここに来たのだという。
なら、ルシルは?
俺はつかつかとルシルに歩み寄り、身をかがめて、小柄なルシルと目線を合わせた。
ルシルは無表情に俺を見つめている。
「ルシルが魔導書のことをレティシアさんに話したのかな?」
「悪い?」
「悪い、とは言わないけれどね」
もともとルシルは自由同盟の協力者で、おそらくレティシアとも面識があったのだろう。
ともかく、状況は把握できた。
屋敷の他のメンバーは予定通りラスカロスたちが守ってくれている。
俺はレティシアに向き直り、そして他の自由同盟メンバーを眺めた。
「助けていただいたことにはお礼を言います。ただ、ルーシィ先生を助ける計画はあるんですか?」
クレオンの言葉を信じる限り、ルーシィを魔王の依代とする儀式の実施は迫っている。
だからこそ、俺はルーシィ救出を強行したわけだ。
なら、レティシアが本当にルーシィを助けるつもりなら、明日にでも行動に出ないと間に合わない。
最悪、レティシアはルーシィを見捨てるということもありうる、と俺は考えていた。
自分の身を守るだけならルーシィを助けずに外国へと逃げてしまえばいい。
現時点でそうしていないということは、自由同盟の目的のためにルーシィが必要だからだとは思う。
けれど、それでもレティシアがどれだけ真剣にルーシィ救出に取り組むかは謎だ。
レティシアは美しい茶色の髪をかき上げ、微笑んだ。
「安心してくれ。ルーシィ救出は明後日には決行する。その日には帝都の救世主大聖堂にルーシィが移送される予定だ」
「大聖堂……?」
「そもそもガポン神父は軍ではなく皇帝官房の所属だ。だから、軍のお膝元の陸海軍省ではなく、帝国教会のもとで魔王復活の儀式をするのさ。そこに隙が生じるから、私たちで大聖堂を襲撃する」
「しかし教会だって警備は固いはずです。教会の神殿騎士団は精鋭揃いですし、官房第三部の人間もいます」
「そこで皇女フィリア殿下と聖女ソフィア様の出番というわけだ」
俺はレティシアの言葉の意味を考え、はっとした。
たしかに皇女の命令と、教会に選ばれた聖女の要請があれば、わざわざ大聖堂の警備兵を倒さずとも、中には入ることは可能だ。
だが、最終的にはルーシィ奪還は実力行使にならざるを得ない。
そんなふうにフィリアとソフィアが身分を明らかにした上で、救出を強行すれば、二人も反逆者扱いされてしまう。
もともと俺が単独で潜入して、ルーシィを連れ出そうとしたのも、フィリアやソフィアを危険にさらしたくなかったというのが一つの理由だった。
俺はレティシアに反対だと言うと、レティシアは愉快そうに笑った。
「では、ルーシィを見捨てるのか?」
「それは……」
俺は黙った。
たしかに他に手はない。
だけど……。
急にそっとソフィアが俺の手を握った。
俺がびっくりしてソフィアを見ると、ソフィアは頬を赤らめた。
「ソロンくん、わたしのことを心配してくれてありがとう。でも、わたしはソロンくんの力になりたいの。だから、わたしを利用してほしい」
「けど、ソフィアを巻き込むわけには……」
「巻き込まれるんじゃないよ? わたしは自分の意思で、いつだってソロンくんの隣にいるって決めたんだもの」
ソフィアは翡翠色の美しい瞳で、俺を上目遣いに見つめた。
俺は少しためらってから、ソフィアの手を握り返し、「ありがとう」と言った。
ソフィアはますます顔を赤くして、うつむいてしまった。
俺はフィリアを振り返った。
フィリアの意思も確かめないといけない。
フィリアは「もちろん、わたしもソロンに協力するよ」と言って微笑んだけれど、その顔はなぜか少し曇っていて、いつもの明るさがなかった。
【作者より】
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