149話 失ったものを取り戻すには
どうしてクレオンがルーシィの居場所を教えてくれるなんて言うのか。
クレオンにそんなことをする利益はなにもない。
あるとすれば、俺を罠にはめるということぐらいだ。
クレアは言っていた。
ガポン神父、そしてクレオンは、ルーシィと俺をまとめて処刑するつもりだ、と。
俺とクレオンはかつては友人だった
クレオンが本当にそこまでのことをしようと思っているのかはわからない。
けれど、今のクレオンは賢者アルテを平気で切り捨て、魔王復活の犠牲とした。
死んでしまった仲間の少女、シアを蘇らせるためなら、どんなことでも平気で行うだろう。
目の前のクレオンは、しかし、そんなことはおくびにも出さず、朗らかに俺を見つめた
「ソロンはきっとルーシィ先生の救出に向かう。けれど、どこに監禁されているか、見当がつかないんだろう」」
「まったくつかないというわけでもないけれどね」
ルーシィを捕らえたのは軍の少尉クレア。そしてクレアは帝都の軍情報局の人間だ。俺にルーシィ奪還を諦めろと警告したガポン神父も帝都周辺で活動している。
とすれば、どこか遠方に連れ去られたというより、帝都の施設に監禁されている可能性は高いだろう。
帝都にある軍の施設はいくつかある。
クレアやノタラスの母校である士官学校。これは帝都東部地区にある。
帝都軍管区本部も軍の重要施設だ。帝都防衛の責務を負う司令部だ。
あるいは中央戦時工業委員会なんてものもある。軍部と民間の商工業者が大共和戦争にあたって協力を約束し、結成したもので、帝都の大銀行のなかに本部を構えている。
その他にも、帝国軍遺跡調査部第一課の本拠である遺跡調査会館だとか、軍は様々な施設を持っていた。
さらにいえば、軍施設以外に軟禁されているというのも考えられる。例えば、司法省管轄の帝都中央監獄だ。
このなかで、本命は軍情報局本部庁舎だ。
ここの最上階には政治犯を収容するための刑務所がある。。
ただ、ルーシィがどこにいるか、確定的な情報はまったくない。
いるかいないかもわからない状態で、潜入作戦を実行するという危険な真似はできないから、あらかじめルーシィの居場所は知っておく必要がある。
だからといって、クレオンがそれを教えてくれるといっても、信用できない。
「そもそも実力行使でルーシィ先生を助けに行けば、俺は国家反逆罪で捕まってしまうよ。そんなこと、できるわけがない」
「なら、どうする? ルーシィ先生を見捨てるか」
「ルーシィ先生が無実であることを証明すればいい。そうすれば先生は釈放されるよね?」
俺はとぼけてみせた。
実際には、ルーシィは自由同盟の計画に加わっていたし、証拠も押さえられているだろう。
だから、無実を証明するなんて不可能で、つまりルーシィを平和裏に救出するというのは困難だ。
クレオンもそれを知っていて、俺に首を横に振ってみせた。
「君にとれるのは、命をかけて恩師を救うという選択肢だけさ」
「帝国に反逆するような恐れ多いことはできないけれど、もし万一、俺がルーシィ先生を牢屋から奪い返そうとしたとする。そうしたらクレオンはどうする?」
「どうすると思う?」
クレオンは低い声で俺に問い返した。
もちろん、答えは決まっている。
クレオンは俺のことを罪人として捕らえるだろう。
救国騎士団の活動、魔王の復活、そしてシアの蘇生。クレオンの目的のいずれにも、俺は障害になる可能性があるんだから、クレオンには俺を排除しようとする十分な理由がある。
「帝国陸海軍省の地下二階」
クレオンは静かにルーシィの居場所を告げた。。
陸海軍省は帝国軍の軍政を統括する機関で、軍の中枢だ。ここにはクレオン率いる救国騎士団の本部がある。
皇宮から出て南西すぐにある巨大な建物だ。
だが、クレアがそこにルーシィを本当に監禁したのか。
「クレオンの言うことを俺が信用すると思う?」
「僕は嘘を言ってないさ。だいいち、君はそんなことを言っている余裕はない」
「どういう意味かな?」
「ルーシィ先生はこのままだと廃人になるからさ。魔法も使えず、話すこともできなくなり、まともに生きていくこともできない体になるということだ」
「……まさか拷問でもしているのか」
俺は激昂しそうになるのを押さえた。
冷静さを失えば、クレオンに場の主導権を握られてしまう。
「いまのところ、ルーシィ先生に危害は加えられていない。だが、時間の問題だ。ルーシィ先生は魔王復活の犠牲にされるんだから」
「アルテとフローラと大勢の魔王の子孫を犠牲にして、まだ魔王の復活に犠牲が必要なのかな」
「魔王は瓶の中の小人になってしまった。その力を取り戻すには、強力な魔力と魔術回路を持つ魔術師の肉体がいる。ルーシィ先生は魔王の依代とされることになっているということだよ」
「そうなれば、ルーシィ先生の体は魔王に支配されるってわけか」
「そのとおり」
「クレア……の計画ではないよね?」
「ああ。クレアなら、今ごろルーシィ先生と一緒に捕らわれの身だよ」
「なぜ?」
「ルーシィ先生を魔王の依代にすることに反対したからさ。計画推進者であるガポン神父に反逆者とみなされた」
俺は言葉を失った。
クレアはルーシィに反感を持っているようだったが、それでもルーシィに危害が加えられないようにすると俺に約束してくれた。
それが裏目に出て、クレアまでもが危険な目にあっている。
そして、ガポン神父にとって、やはりルーシィは絶対に奪還されては困る重要な存在だったのだ。
「クレアはどうもいろいろ隠し事をしているようだったが、拷問されても何も吐かないんだから、立派なものだ。魔力のない欠落者といっても、さすがは我が公爵家の一員といったところかな」
「クレアが拷問を受けている?」
「そう。魔王の依代となるルーシィ先生と違って、クレアには何の価値もないからな」
「クレアは……クレオンの妹なのに、価値がないなんて言うべきじゃない」
「べつに僕が拷問させているわけじゃない」
「だからといって、妹が拷問を受けているなら、そんな平気そうな顔でいられないはずだ」
「シアを蘇らせることに比べれば、些細なことだ。それに、僕はクレアのことが気に食わないんだよ」
「魔力を持たない欠落者だから?」
「いいや。それはどうでもいいことだ。僕が気に入らないのは、クレアがいつもソロンのことを慕っていることさ。昔も今もクレアはソロンの味方だ。兄である僕よりも、君のほうが大事ということだ。そんなクレアのことを、僕が心配する義理はない」
俺は言葉を失った。
友人が、友人の妹のことをそんなふうに思っているとは知らなかった。
「クレアだけじゃない。ソフィアも僕よりもソロンのことを選んだ。けれど、シアは違う。シアは僕だけを大事だと言ってくれた。そう、シアは俺にとって……」
クレオンは言いかけた言葉を切り、そしてしばらくのあいだ黙った。
そして、俺をまっすぐに見つめた。
「ルーシィ先生のことが大事なら、君は陸海軍省に来るべきだ。ルーシィ先生を魔王の依代にする計画は三日後には実行される」
これは罠だ。
クレオンの言うことが本当かもわからない。
けれど、ルーシィが絶体絶命の窮地に陥っていて、そして俺の助けを求めていることは、おそらく事実だ。
クレオンは聖剣を抜き放ち、一閃させた。
槍術士レンを絡め取っていた蔦が一瞬のうちに始末される。
「ソロン。後悔しない道を選べ。失ったものを取り戻すには、恐ろしい犠牲を払わないといけないんだから」
「シアを蘇らせるのと同じように、ね」
「だから、君はきっとルーシィ先生を助けに行く」
クレオンは宣言するようにそう言うと、俺に背中を向けた。
そして、彼はレンを連れて屋敷の門を出ていき、夕闇のなかに溶け込むように姿を消した。






