147話 三人の先生
今の俺はフィリアの家庭教師で、フィリアが頑張ろうとしているのだから、なるべくそばにいて教えてあげたい。
それはルーシィ救出のためにも必要なことだ。
けれど、俺にはそれ以外にもやらなければならないことがある。
目下、ルーシィは軍の施設に囚われているはずだが、そこがどこなのかも特定できていない。
なんとかしてそれを調べる必要がある。
そして、これは他の誰かに任せるわけにはいかない。
ただ、フィリアが魔導書を使いこなせるようにしつつ、同時並行で救出の作戦を立てるには、時間が足りない。
ということで、解決策は一つしかない。
「今回、フィリア様には交代で俺以外の人からも魔法を教わっていただこうと思うんです」
「ソロン以外の人? それって……ソフィアさんのこと?」
「必然的にそうなりますね」
この屋敷でフィリアに魔法を教えられる人は多くない。
クラリスをはじめ、そもそも魔法が使えない子も多いし、ルシルのようなフィリアと同い年の学生に任せるというのも問題がありそうだ。
その点、ソフィアならなんといっても聖女だし、魔法の実力は圧倒的だ。
適任……のはずだ。
不安なのは、ソフィアが決して教えるのが得意なほうではないということだった。
ソフィアほどの天才ともなると、なんでもできるのが当たり前すぎて、うまく魔法を使えない人がどこでつまずくかわかっていない。
ただ、他に適任者があまりいないのも事実だった。
「フィリア様は、それでよろしいですか?」
「本当は全部ソロンに教えてもらいたいけど、でもそれは、わたしのわがままだよね」
「すみません。でも、他の人に教えてもらうというのも悪くない経験だと思うんです。俺がどんなときでも最良の教師というわけではありませんから」
「わたしにとって一番の先生は、いつでもソロンだよ?」
フィリアは綺麗に微笑んだ。
不意打ちでそう言われ、俺はうろたえた。
「あ、ソロンの顔が赤い。照れてる?」
「……からかわないでくださいよ」
「ソロンがわたしの最高の先生だっていうのは、本当だよ」
「ありがとうございます。フィリア様のご期待に応えてみせます」
俺は本心からそう言った。
とはいえ、ソフィアにフィリアを任せる必要があることも事実だ。
基本的なフィリアの学習計画は俺が立てているから、ソフィアにはそれに従ってフィリアの訓練の様子を見てもらうだけなのだけれど。
果たしてうまくいくかどうか。
そのとき、書斎の扉が小さく開き、ソフィアが遠慮がちにちらっと顔をのぞかせた。
俺が呼んでおいたのだ。
「あの……ソロンくん」
「来てくれてありがとう」
「本当に、わ、わたしが皇女殿下に魔法を教えるの?」
「よろしく頼むよ」
どぎどきした様子で、ソフィアはこくこくとうなずいた。
緊張しているんだな、と思う。
侯爵家の令嬢のソフィアでも、皇女ともなれば、身分は遥かに違う。
一応、今のソフィアはフィリアの従者という身分だが、従者らしいことは特に何一つしていない。
それどころか、人見知りのソフィアは、正反対の性格のフィリアに未だに馴染めていないようにも見える。
この機会に多少は二人の距離が縮まるといいんだけど。
フィリアは俺とソフィアをじーっと見つめていた。
「ソフィアさんは……」
フィリアがなにか言いかける。
けれど、その言葉は途中でさえぎられた。
書斎の扉が勢いよく開けられたからだ。
そこにいたのは、白魔道士のリサだった。
リサはびしっと俺たちを指差した。
いったいどうしただろう?
「聖ソフィア騎士団の団長と副団長に教えてもらえるなんて、皇女殿下のことが羨ましいです! でもですね、わたしだって魔術師なのに、どうして殿下の先生役を頼んでくれないんですか!?」
「あー、いや、お願いしようとは思っていたんだけど」
「本当ですか!?」
リサが目をきらきらと輝かせる。
どうしてもどうしても、リサはフィリア訓練の仲間に加わりたいらしい。
たしかにリサはこれでもれっきとした魔術師だ。
ネクロポリス攻略隊に選ばれるほどの実力もある。
俺とソフィア以外の屋敷の住人では、最も高い能力がある
でも、どことなく危なっかしいところがあるというか、フィリアと同じ方向性の性格をしているのが不安材料だ。
フィリアを任しても、大丈夫なんだろうか……?
いや、不安にばかり思っていては仕方がない
リサを信じてみることにしよう。
フィリアを振り返ると、「リサさんならいいよ!」と笑顔で受け入れてくれた。
近い性格のせいか、親しみやすいのかもしれない。
結局、俺、ソフィア、リサの三人が交代でフィリアの中級支援魔法訓練を行うことにした。
後をソフィアたちに任せて、俺は書斎から出ようとした。
そのとき、慌ただしくもう一度、書斎のドアが開いた。
「ソロン様! お客様です!」
メイドのクラリスが現れ、ぴょんと跳ねるように俺に近寄った。
これだけクラリスが慌てているということは訳ありの客なのだ。
「誰が来ているの?」
「槍術士レンという方です」
「レン?」
レンといえば、かつての聖ソフィア騎士団の十三幹部の一人だ。
俺の追放にも積極的に賛成していた。
「それからもうひとりは……救国騎士団の団長です」
クレオンがふたたびこの屋敷にやってきたらしい。
要件はきっとルーシィのことだろう。
クレオンとの再度の対決は避けられない予感がした。
【後書き】
キーボードが一部壊れたので、文字の割当変更して対処しましたが、書くのがすごく大変でした……。この機会にエルゴノミクスキーボードというのを注文したので、届くのがちょっと楽しみです。
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