144話 みんなで解読!
ルシルが俺の屋敷にやってきた。
ルシルは真紅のルーシィの姪で、ルーシィの弟子でもある。
だから、俺の妹弟子ということになるわけだけれど、今日会ったばかりだし、ルシルは感情の起伏が乏しくて、何を考えているかよくわからない。
黒いローブ姿のルシルにじーっと見つめられ、俺は困った。
「あの……どうかした?」
「べつに」
ルシルは抑揚のない声で言う。
ここは屋敷の広間で、俺の後ろには興味津々といった感じの住人たちがいる。
フィリアをはじめ、ソフィア、クラリス、リサ、エステル、それにライレンレミリアの六人の少女だ。
ルシルはちらりと彼女たちを見た。
「ルーシィ先生以外にも、こんなにたくさんの女の子がいるんだ」
「そうなんですよ!」
と言ってクラリスが進み出る。
そして、わざとらしく人差し指を立てて、くすっと笑った。
「ソロン様ってば、フィリア様とあたしでは飽き足らず、このお屋敷に九人もの女性を住ませているんですから。しかも美人ばかり!」
ここにいる六人と、アルテ・フローラの双子に、ルーシィを入れればたしかに九人だ。
でも、クラリスの言い方だと、誤解を招くような気がする。
と思っていると、ルシルが不思議そうにクラリスを見つめた。
「みんなはソロンとどういう関係なの?」
「あたしはメイドで、ソロン様はご主人さまですね」
クラリスがなぜか嬉しそうに答える。
「わたしはソロンの弟子で、ソロンはわたしの師匠だよ?」
とフィリア。
幼いエステルは、、俺のことを「わたしの命を救ってくれた人」と言った。
みんながエステルの隣のライレンレミリアを見た。
「あ、あたしの番?」
ライレンレミリアはおどおどとした様子で俺たちの様子をうかがった。
ライレンレミリアは聖ソフィア騎士団の元幹部だ。
賢者アルテに裏切り者として暴行を加えられて以来、魔法をうまく使えなくなってしまった。
「ソロンは……信頼できる人、かな。ソロンがいるから、この屋敷にいると安心できる気がする」
ライレンレミリアは少し顔を赤くした。
その次がリサで、ネクロポリス攻略のときに味方になってくれた白魔道士の少女だ。
「わたしにとってのソロンさんですか? 憧れの人です!」
リサが楽しそうに言い、フィリアがそれを見て頬を膨らませた。
「あっ、ずるい。わたしもそう言えば良かった」
最後にソフィアが残った。
ソフィアはいつもどおりの純白の修道服で、それとは対照的に顔を真っ赤にしていた。
「ソロンくんはわたしにとっての大事な人で、ソロンくんにとってもわたしが大事な存在だったらいいなって思ってる」
ソフィアは翡翠色の瞳でちらりと俺を見て、それから恥ずかしそうにうつむいた。
俺は答えようと口を開きかけたけれど、その前にフィリアが楽しそうに口をはさんだ。
「つまり、みんな仲間ってことだよ」
「ソロンの仲間ってこと……ですか?」
ルシルの問いかけにフィリアは笑顔でうなずいた。
「うん。みんなこのお屋敷を居場所とする仲間なの」
「ルーシィ先生も……そうだったんですよね」
「だから、ルーシィを助けてあげないと」
とはいえ、軍に楯突いてルーシィを救出するということは、帝国政府に対する反逆ということにもなる。
救国騎士団と対立していること、ネクロポリスの件でアルテをかばったこと、ルーシィの弟子であること、といった諸々の理由で、俺は政府から要注意人物とみなされている。
「ソロンとソフィアさんたちがいますぐ魔法でばーんと軍の兵士の人たちを倒して解決……ってわけにはいかないよね」
フィリアの言葉に俺はうなずいた。
「はい。焦りは禁物です。下手に動けば、敵の思うつぼですから」
最大の敵はクレアじゃない。
クレアは少なくともルーシィを処刑されないようにすると言ってくれた。
それがクレアの所属する軍情報局の意向でもあるんだろう。
それより危険な救国騎士団、そしてガポン神父の皇帝官房第三部がどう出るかが問題だ。
「俺のほうでルーシィ先生がどこにいるかは調べているし、救出の方法も検討しています。問題は戦力です。なるべく戦って解決というのは避けたいですが……」
俺が言いよどんでいると、ソフィアが俺の袖を引っ張った。
そして、上目遣いに俺を見つめる。
「戦って守らないといけないものがあるときは、わたしの力を使ってほしいな」
「ごめん。ありがとう」
俺がソフィアを見つめ返すと、ソフィアはふるふると首を横に振り、「謝らなくていいよ」と言ってくれた。
今のこの屋敷で戦う力があるのは、俺とソフィア、それにリサにほぼ限定される。
そうなったとき、例えばこの屋敷が救国騎士団に襲撃されたら、みんなを守りきれるんだろうか。
たった一つの希望は、ルーシィの託した魔導書だ。
ルシルは魔導書を手にとった。
「今のあなたたちには力が足りないと思う」
「ルシルの言うとおりだろうね。その魔導書の力を借りることにしよう」
「そのためにはフィリア様の魔力が必要。だから、フィリア様がこの魔導書の支援魔法を使いこなせるようにならないといけない」
「そのためには……」
俺とルシルがフィリアを見つめると、フィリアはぱああっと顔を輝かせた。
「もしかして、わたし、期待されてる?」
「そうですね。フィリア様にはご負担をかけてしまいますが……」
「ううん。嬉しい! わたし、頑張ってソロンの力になるから!」
「ありがとございます。では頑張って魔導書を解読しましょうか」
「え? か、解読?」
「この魔導書は古代文字で書かれていますから、そのままだと読めないんです」
ルーシィはこの魔導書のすべてを自分で書いたわけではなく、古代魔法を基礎として作っているようだった。
古代文字で書かれた魔法に、自分で文字を足して魔導書を作ったのだ。
魔導書には文字そのものに魔力が込められていて、文字の種類によっても構造が変わってくる。
だから帝国標準語で書かれていないわけだけれど、それでも内容を把握して理解する必要がある。
「ほ、翻訳版とかはないの?」
フィリアの問いに、ルシルは首を横に振った。
「ありません。ルーシィ先生はあっさり古代アレマニア語を習得してしまったから」
さすが天才ルーシィといったところだけど、俺たちからしてみると困った。
解読方法はルシルが知っているようではある。
「最低限、単語レベルで意味を理解できれば魔法を使うことができるみたいだし、俺やフィリア様でもなんとか読めないことはないのですが……量が多くてですね」
一人でやったら二日はかかってしまうだろう。
けれど。
クラリスがぽんと手を打った。
「あたし、手伝います!」
クラリスが言う。
その言葉に他のみんなもうなずいた。
「いいの?」
「もちろんです! 一人ではできなくても、八人でなら一瞬ですよ」
「たしかに、この本、紐綴じみたいだから、ばらせば同時に作業できるか」」
俺が他のみんなに目を向けると、全員が一斉にうなずいた。
ソフィアが柔らかい笑みを浮かべた。
「フィリア様だけじゃなくて、みんなソロンくんの力になりたいんだよ」
「ありがとう、ソフィア。それに、みんなも」
帝都に戻ってきたときは、俺は一人きりだった。
けれど、いつの間にか、俺の屋敷にはたくさんの仲間が住むようになって、そして俺を必要としてくれている。
フィリアが俺を見上げ、「わたしも頑張るね」とつぶやき、微笑んだ。
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