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143話 ルーシィの隠された目的

 ソロンが魔法学校の最終学年になったとき、彼は冒険者になるつもりだと言った。

 そして、帝国の東方に行くとも語った。


 つまり、帝都の学校の教授である私とは、離れ離れになるということだ。


 私は研究室の机を叩いてソロンに詰め寄った。


「冒険者をするなら帝都の近くでもできるじゃない!」


「帝国東方の遺跡のほうが、遥かに数も質も優れているんです。難易度の高い遺跡の多くは東方にありますし、遺跡から得られる財宝だってずっと多いですから」


「でも……」


「俺たちは帝国最強の冒険者パーティを作りたいんです。そのためには東方に行かないといけません」


 ソロンの言う「俺たち」というのは、ソロンとソフィア、そしてクレオンのことだった。

 当然、私はそこには含まれていない。


 ソロンの決意は固いようだった。


 私はよっぽど魔法学校の教授をやめて、ソロンについていくと言おうかと思った。

 私は高位の魔術師だし、ソロンの役に立てるかもしれない。


 でも、貴族の私の実家も、魔法学校も、私が教授をやめることを許さないだろう。

 私は魔法学校でも指折りの実力者とみなされていたし、政府からも研究のためにものすごい金額の補助金をもらっていた。


 リルラ先生のいた研究室を捨てることも、そのときの私にはできなかった。


 ソフィアやクレオンも、ずっと年上の私がパーティに加わるのを受け入れてくれないかもしれない。


 それに、ソロンが必要としていたのは、師匠としての私だった。

 仲間としての私じゃない。


 もうソロンは魔法学校を卒業するし、そうなれば師匠である私の存在は必要なくなる。


 私はソロンについていくと言い出す勇気も、ソロンのことを好きだという勇気もなかった。

 師匠としての私をソロンは受け入れてくれているけれど、そうでない私のことをソロンは拒絶するかもしれない。


 やっと言えたのは「帝都に戻ってきたら、必ず顔を出しなさい」ということだけだった。

 

 ソロンは微笑んで、「もちろんです」と答えた。

 そうして、ソロンは私の前からいなくなった。


 ソロンのいなくなった研究室で、私はぼんやりと天井を見上げた。

 また一人に戻ってしまった。

 

 ソフィアは優しい子で、十四歳になってますます可憐な見た目になっていた。

 きっとソフィアはソロンを手に入れるだろう。

 そう思うと、私は胸が苦しくなった。


 ソロンのとなりにいられるソフィアのことが、羨ましくて、妬ましくて、心が壊れそうだった。

 私はまた魔法の研究に没頭する日々に戻った。


 そして、数年が経った。

 ソロンは聖ソフィア騎士団の副団長として、大活躍をしていると噂を聞いた。

 本当にソロンは帝国最強の冒険者集団を作ったんだ。

 

 私は自分の弟子が活躍するのを誇らしく思い、そして、寂しくもなった。

 ソロンは私がいなくても、平気なんだ。


 そんなとき、私は皇女フィリアと知り合った。

 私の叔母は皇帝の妃で、その義理の娘ということになっている少女だった。


 驚いたことにフィリアはソロンのことを知っていた。

 直接会って魔法を教えてもらったこともあるんだという。


 フィリアはソロンのことをきらきらとした目で語り、そして私にソロンのことを教えて欲しいとせがんだ。

 私が思い出の中のソロンを話すと、フィリアは本当に嬉しそうにした。


 そして、ソロンのことを語るたびに、やっぱり、ソロンは私にとってかけがえのない存在だったんだと思った。

 ソロンがいたときは、なんてことのない日常も輝いて見えた。

 

 私の隣にソロンが戻ってくることは、もうない。

 そう思っていた。


 でも、ソロンは騎士団を追放されて、帝都に戻ってきた。

 ソフィアとクレオンがソロンを追放したと聞いて、私は信じられない思いだった。

 あれほど二人はソロンを頼りにしていたのに。


 ソロンは「仕方ないですよ」と言って笑っていたけれど、私は激しい怒りを感じた。

 私は離れ離れになってもこんなにもソロンのことを想っていたのに。

 ソフィアたちはソロンの隣にいながら、彼を必要ないと言って切り捨てた。


 私は許せないと思う反面、喜びを隠しきれなかった。

 ソロンはしばらく帝都にいるという。


 また、ソロンと一緒にいられるかもしれない。

 そのためには、今度こそ、ソロンが私のもとから離れないようにする必要がある。

 

 私は大事なものは手元に置いておきたくなってしまう。

 師匠としては失格なのかもしれない。

 それでも、私はソロンのことを手に入れたかった。


 以前と違って、今のソロンは明確な目標を持っていない。


 なら、私がソロンを導いてあげればいい。

 私はソロンの師匠なんだから。


 まずはソロンをフィリアの家庭教師にした。

 皇宮のフィリアの家庭教師になれば、ソロンは帝都から離れることはなくなる。


 でも、これは一時的な手段にすぎない。

 フィリアが一人前になれば、ソロンは家庭教師をやめてしまう。

 そうでなくても、ソロンはもっと大きな目標を自分で見つけて、帝都を去ってしまうかもしれない。


 どうすればいいだろう?


 かつて魔法学校で同級生だったレティシアが、私を自由同盟の計画に誘ったのは、そんなときのことだった。

 皇女フィリアを帝位につけ、そしてアレマニア・ファーレン共和国との無謀な戦争を止める。

 それが彼女たち自由同盟の陰謀だった。


「君の師匠であるリルラも帝国政府に殺されているはずだ。政府が憎いだろう?」


 レティシアはそう言って、暗い笑みを浮かべた。

 たしかにリルラ先生を殺した帝国政府のあり方を、私は快く思っていなかった。

 リルラ先生は戦争を止めようとして殺されたのだと、レティシアは告げた。


 復讐の機会だ、ともレティシアは言う。

 だけど、復讐したところで、リルラ先生が戻ってくるわけじゃない。

 私にとって大事なのは、目の前にいるソロンのことだった。


 でも、レティシアの次の言葉は私に強い印象を与えた。


「フィリア殿下は君の従妹だ。そして君の弟子のソロンがフィリアの師匠。君とソロンの二人で、フィリア殿下を導いてあげればいい」


「私とソロンがフィリアを導く?」


「そのとおり。新たな皇帝を導き、そして戦争を止めて、帝国に平和をもたらすんだ。無謀な戦いから帝国を救う。そうすれば、ルーシィとソロンは真の意味での英雄になれる」


 私とソロンの二人で帝国を救う。

 それが私には魅力的に思えた。


 師匠と弟子ではなくて、仲間としてソロンと一緒に戦うことができる。

 そして、帝国を救うという目標をソロンに与えることができる。

 これより大きな目標なんて、ないと思う。

 

 だから、ソロンが新たな目標を見つけて、私のもとから去ってしまうことを心配しなくてよくなるんだ。


 あの責任感の強いソロンなら、帝国のためだと言えば、きっと計画に参加してくれる。

 フィリアは皇帝に、ソロンは大臣になれるんだから、二人のためにもなる。


 私はこの思いつきに夢中になり、すぐに計画に参加すると言った。


 今度こそ、私は本当の意味でソロンに必要とされる存在になる。

 誰にもソロンを渡さない。


 私はソロンを手に入れるために、自由同盟の壮大な陰謀に足を踏み入れた。





 そこまで語り終えて、私は目の前に立つクレアを見つめた。

 クレアも私のことを見つめ返している。


 私は今、薄暗い地下牢に監禁されている。

 自由同盟の計画は発覚してしまい、軍の少尉クレアに捕らわれた。


「つまり、ルーシィ教授は、ソロンさんを手に入れるために、皇帝廃立の陰謀に参加したってことですか?」


「そう。おかしいと思う?」


「おかしい、と言いたいところですけど、わたしも他人のことは言えませんね。きっと私も同じなんです。ソロンさんのことを手に入れたいと思っているのは、ルーシィ教授も、わたしも同じ。手に入れられなかったのも、二人とも同じ」


「……そうね」


「初めて、ルーシィ教授のことを少し理解できた気がします。ソロンさんと出会って、教授は変わったんですね」


「ええ。ソロンが弟子でいてくれたおかげで、私は成長できた。ソロンがいなかったら、今の私はいないと思う」


 クレアは初めて私に優しげに微笑んだ。


「わたしはルーシィ教授に良い印象を持っていませんでした」


「入学試験のときにひどいことを言ったことなら、謝るわ。あの頃の私は未熟だったの」


「わかりました。許してあげます」


 クレアはふふっと笑って、私の手から鎖を解いた。

 そして、右手を差し出す。


「握手をしましょう」


「私は囚人で、あなたは看守なのに?」


「でも、同じソロンさんをめぐるライバルです」


 私はクレアの手を握り返した。

 その手はソロンと同じで、ひんやりと冷たかった。


 クレアはもしかしたら、私に協力してくれるかもしれない。

 なんとなく、そんな気がした。

 少しだけ、この状況から脱出する希望が見えてきたと思う。


 そう思ったとき、地下牢の扉が開いた。

 私たちが驚いて扉に目を走らせると、そこには黒服の老人が立っていた。


 胸に金色の十字架をかけている。

 帝国教会の聖職者だ。


 クレアが顔をこわばらせた。


「ガポン神父……!」


「やあ。やはりここにルーシィ教授は監禁されていたか」


「皇帝官房第三部の代理人が、何の用です? 教授の身柄は、軍情報局が責任を持って預かっています。あなたちの口出しすることではありません」


「状況が変わった」


「はい?」


「魔王アカ・マナフを帝国は手に入れたものの、目下、軍事利用を開始できていない。それは魔王が小人化し、あまりに不安定な状態にあるからだ。さて、魔王を真の意味で復活させるにはどうすれば良いか?」


 神父の問いかけに、私ははっとした。


「まさか――」


「帝立魔法学校元教授のルーシィには、罪人として、魔王の依代になってもらう」


 そう言って、神父は一本の剣を抜き放つ。

 その剣の刃は透明で、青く輝いていた。

【作者からのお知らせ】

次回から、ソロン&フィリアの修行パートの予定です!


「面白い」「ルーシィやクレアたちがどうなるか気になる!」という方は、ぜひ↓の【☆☆☆☆☆】を押していただけると嬉しいです!

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