141話 ルーシィとソロンの出会い
魔法学校の教授になった私にとって、弟子を選ぶのは大事なことだった。
この学校では、三年生になると、一人ひとりの生徒に指導教官がつく。
優秀な教授は優秀な弟子を選び、才能ある生徒も良い教授のもとで学ぶことを希望するから、自然と師匠と弟子の魔術師としての格は比例する。
私はリルラ先生の魔法を受け継いでいくためにも、優秀な生徒を選ぶ必要があった。
リルラ先生も私も、魔法学校有数の天才でもあったし、それなら私の弟子も天才でなければならない。
弟子は一人から数人程度しか一度にはとれないし、そうでないと教えることができない。
だから、弟子の資質はよく見極める必要がある。
特に私にとっては初めての弟子だから、なおさらだ。
私が最初に弟子にとろうとしたのは、ソフィアという名前の十一歳の少女だった。
ソフィアは魔法学校にわずか九歳で入学し、その後も学年で最も高い才能を示していて、天才の名前をほしいままにしていた。
私も幼くして魔法学校に入ったし、ソフィアの立場には親しみを感じた。
実際に会ってみると、ソフィアは人見知りだったけど、とても美しい容姿をもった少女だった。
魔法の才能も私に匹敵するほどで、今すぐにでも私はソフィアを弟子に選びたいという気持ちになった。
リルラ先生が「真紅のルーシィ」に教えてくれたことを、今度は「真紅のルーシィ」である私がソフィアに教える。
私はリルラ先生に憧れていたから、今度は自分が師匠となって、リルラ先生と私のような師弟関係を再現したかったのだ。
でも、ソフィアは私の弟子にならなかった。
魔法学校のグレン校長は、私がソフィアを弟子とすることに乗り気ではないようだった。
「君もソフィアくんもあまりに未熟だ」
グレン校長は私の研究室に来て。苦笑いしながらそう言った。
「そんなことありません! 私が一番、ソフィアの才能を引き出すことができるはずです!」
「才能、という意味では君たち二人は申し分ない。しかし、だ。才能がすべてというわけでもあるまい」
「グレン校長の言いたいことがわかりません」
「あまりに若い教授が、あまりに幼い弟子を教えるのは、必ずしも良い結果を生まないだろう。ソフィアにはより良い師がいて、君にはよりふさわしい弟子がいる、ということだよ」
グレン校長はそう言うと、去っていった。
グレン校長の反対があっても、私は諦めきれなかった。
師匠と弟子は互いに選び合うもの。
ソフィアが強く希望すれば、校長の反対を押し切って、私の弟子にすることは可能になる。
その頃の私は思い込みが激しくて、なんとしてでもソフィアを自分の弟子にしたかった。
そうすることがソフィアのためにもなると思っていた。
リルラ先生が、私を導いてくれたように。
私は何度もソフィアに会って説得した。
けれど、ソフィアは私ではなく別の教授を師に選んだ。
つまり、私は選ばれなかった。
私は魔法学校時代をとおして常に首席で、自分で言うのも変だけれど、何をやってもうまくできた。
だから、ソフィアを弟子に出来なかった私は、敗北感でいっぱいになった。
他の優秀な生徒もソフィアには遠く及ばなかった。
そのうえ、私がソフィアの説得に時間をつかっているあいだに、成績上位の生徒はほとんど師匠を決めていた。
私は焦った。
なんとしてでも、ソフィアを弟子にしたい。
途中で師匠を変えることも珍しくないことだから、まだ巻き返す機会はある。
そんなことを考え続けながら、研究を行っていたある日、私は不注意でとんでもないミスをしてしまった。
魔法薬の配合量を間違えて、研究室で暴発させてしまった。
激しく薬品は発火し、研究室を一瞬で炎上させた。
私は魔法を使って消し止めようと思ったけれど、杖が近くになかった。
杖を取ろうと思った瞬間には、私は有毒の煙を吸い込んでしまっていた。
私はその場に倒れこみ、意識がしだいに薄くなっていった。
目の前には炎が近づいてきていて、私は死を覚悟した。
こんなことでリルラ先生の後を追うことになるなんて。
でも、私は死ななかった。
気がづいたら、私は誰かに抱きかかえられていた。
そして、目を開けると、一人の少年が私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
黒いローブを着た魔法学校の生徒で、十五、六歳ぐらいの子だった。
瞳が不思議な明るさで輝いていて、それが印象的だ。
「大丈夫ですか、ルーシィ先生?」
「え、ええ。あなたは誰?」
「俺は三年生のソロンです」
ソロン。
名前は聞いたことがある。
成績や魔法の才能に目立ったところはない。
標準入学年齢よりも二年遅れて入学したので、三年生なのにもう十六歳だった。
ただ、、彼は五歳年下の同級生であるソフィアの世話係で、ソフィアから絶大な信頼を寄せられていた。
ソフィアはほとんど片時もソロンのそばから離れていないとも聞く。
やがて私は彼に抱きかかえられることを思い出した。
背中と足に手を回されていて、全体重を私はソロンに預けていた。
私は思わず赤面し、ソロンを見つめた。
「ええと……」
「早く医務室に行きましょう」
「火事は……」
私は研究室を見回した。
本や机が黒焦げになっていて、研究室は無茶苦茶な状態だったが、火事は止まったようだった。
ソロンが魔法で消し止めてくれたらしい。
「すみません。もう少し早く消し止められれば良かったんですが……」
申し訳無さそうに彼が言う。
つまり、ソロンが私を助けてくれたらしい。
かなり危険な魔法薬品を使っていたし、火災の度合いもひどかった。
だから、彼が私を助けるのも命がけだったんじゃないかと思う。
私は「ありがとう」と小声で言った。
一人で医務室まで歩けると私は言ったけれど、ソロンに降ろしてもらったらすぐにふらついてしまった。
ソロンは慌てて私を抱きとめてくれた。
私を受け止めたソロンの手はひんやりとして心地よくて、私は思わずどきりとした。
「無理しないでください。医務室まで連れていきますから」
つまり、私をさっきみたいに抱きかかえて運んでくれるということらしい。
恥ずかしかったけれど、仕方なかった。
「お願いしても……いい?」
「もちろんです」
そうしてソロンは私の足と背中に手を回して抱きかかえ、少し顔を赤くした。
ソロンも恥ずかしいみたいで、私はくすっと笑ってしまった。
彼は歩きながら、杖なしでも使える治癒魔法で、私を癒そうとしてくれた。
私には彼の魔法の才能がごく平均的なものだと見て取れた。
優れたところなんて、全然なさそうだ。
でも、ソフィアは彼のことを信頼している。
どうしてだろう?
「たまたま近くを通りがかって、大火事だったのでびっくりしました。先生が倒れているのを見て、ひやりとしましたけど、意識が戻ってよかったです」
「どうして私を助けてくれたの?」
ソロンは不思議そうな顔をした。
「助けることに理由がいりますか?」
「だって……すごく危なかったと思うの」
「こういうときに人を助けるために、魔法を習っているんですから、使わない理由がありませんよ」
私にはソロンの言葉が新鮮だった。
何のために魔法を使うか。
そんなこと考えたこともなかった。
私は大好きなリルラ先生の期待に応えるために、そして、より高い名声を得るために、魔法を研究していた。
そこに魔法を使う目的という概念はなかった。
ソロンは相変わらず、私のことを心配そうにちらちらと見ていた。
そして、治癒魔法をずっと使ってくれていた。
私は憧れられたり、尊敬されたりすることはあっても、心配されることはほとんどなかった。
私のことを心配してくれるのは、リルラ先生ぐらいだった。
だから、私にはソロンの心配がちょっとくすぐったくて、嬉しかった。
ソフィアがどうしてソロンを信頼しているのか、少しわかった気がした。
後日、すっかり体調が回復した私は、ぼろぼろの研究室にソロンを呼び寄せた。
私はソロンを弟子にすることを決めていた。
「俺? ルーシィ先生のような天才の弟子が、俺なんかでいいんですか?」
「私の弟子にふさわしいと思ったから、ここに呼んでいるの」
「それは……ありがとうございます」
「それで、あなたは私の弟子になってくれるの?」
ソフィアのときのように断られたらどうしよう?
断られるというのは、意外と辛い体験だった。
それは自分が必要とされていなくて、選ばれなかったということなんだから。
でも、ソロンは微笑んだ。
「もちろん断りませんよ。ルーシィ先生のような天才が俺を弟子に選んでくれたんですから」
その微笑みに心臓がどくんと跳ねるような感覚がした。
私はリルラ先生みたいな師匠になりたかった。
なら、弟子はべつにソフィアでなくてもいい。
私が信頼できる生徒。
そう考えたとき、私にはソロン以外の選択肢がないように思えた。
私はびしっとソロンの額に人差し指を突きつけた。
「……いまのあなたは未熟だけど、でも、私があなたをきっと一流の魔術師にしてみせるから」
「ありがとうございます。それは楽しみです」
ソロンはにこにことしていたが、私は落ち着きをなくしていた。
体温が上がるのを感じる。
どういうふうに振る舞えば、師匠らしくなれるんだろう?
未熟なのは私の方だった。
魔術師としての能力はあっても、教師としての経験は私にはゼロだ。
初めてリルラ先生に会ったときのことを思い出す。
先生は幼い私の目をのぞき込み、握手をしてくれた。
私がソロンを見つめると、ソロンも私を見つめ返した。
私は右手を差し出して、「えっと……」とつぶやきためらっていると、ソロンは私の意図を理解してくれたのか、自然と手を握ってくれた。
「これから……よろしくね、ソロン」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします、ルーシィ先生」
ソロンの手はひんやりとしていて、気持ちよかった。
そうして、私とソロンの師弟としての生活が始まった。
私はソロンとどう接すればよいかわからなくて、だいぶ無茶なことを言ったりしたけれど、ソロンはいつもにこにことして受け止めてくれていた。
たぶんソロンは私よりずっと大人だった。
かつて私を遠巻きに眺め、拒絶した同級生たちと違って、ソロンは私のことを受け入れてくれた。
リルラ先生と同じように。
私にとってソロンはだんだんと大事な存在になっていった。
そして、決定的な事件が起こった。
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