140話 ルーシィの師
私は孤独だった。
真紅のルーシィなんて呼ばれるようになる前も、そして真紅のルーシィと呼ばれるようになってからも。
私は帝国で最も古い家系の大貴族に生まれたけれど、両親は早くに亡くなってしまっていた。
爵位は年の離れた兄が継いでいる。
私は古くて薄暗い城のなかで育てられ、そして、あるとき、一人の若い女性に出会った。
小柄な茶髪の女性で、リルラという名だった。
そして彼女は、魔法学校の教授だった。
たまたま兄の客として城に招待されていたらしい。
リルラは私を一目見るやいなや、兄に対して私を魔法学校にできるだけ早く入学させるべきだと説得した。
「驚くべき才能が、この子にはありますよ」
その言葉に従って、私はわずか八歳で魔法学校に入学した。
周りはみんな十二歳ぐらいの少年少女だったから、私の幼さは浮いたと思う。
そのうえ、私は何をやっても他の生徒たちよりも優秀だった。
筆記試験も魔法の実技も、年下の私のほうが圧倒的にうまくこなせてしまった。
だから、同級生たちは私を遠ざけ、いろいろな陰口を叩いた。
私も周囲に馴染めなかったし、自分より劣ったクラスメイトたちなんて、かかわり合いになる必要もないと思っていた。
私の味方は師匠のリルラ先生だけだった。
リルラ先生は身分こそ平民だったけれど、魔法学校の教授陣の中では抜群の能力があった。
魔法の才能はもちろんのこと、教え方もとてもわかりやすかった。
先生は優しくて、いつも困ったような顔で「他の子とも仲良くしないとダメだよ」と言っていた。
でも、私にはリルラ先生さえいればよくて、先生のもとで魔法を極めることだけが、私の目標だった。
それが私にとっての幸せだった。
でも、その幸せは唐突に失われた。
私は十三歳で魔法学校を卒業した後も、研究生として学校に残った。
魔法学校の教授を目指す道を私は選んだのだ。
リルラ先生もそのことを歓迎してくれた。
でも、私が十五歳のときに、リルラ先生は教授の職をやめてしまった。
南の辺境に古代魔法の調査を行う機関があり、そこに移籍するのだという。
ついていきたい、と私は駄々をこねた。
けれど、優しい先生も、首を縦には振ってくれなかった。
「ルーシィはここに残って研究を続けなさい。それがあなたにとって一番良い選択だから」
「でも……」
「あなたはきっと一人でも大丈夫」
一人で大丈夫なわけはなかった。
私にとって、リルラ先生は世界の全てだったのだから。
「私にはリルラ先生が必要なんです!」
「あたしはもう十分、ルーシィに教えるべきことは教えたわ。もうルーシィに教えられることはないと思うの。ルーシィは優秀だから」
「でも……」
「きっとあたし以外に、あなたが必要とし、あなたを必要としてくれる人が現れるわ」
そう言って、先生は優しく私の赤い髪を撫でると、去っていった。
私は先生がいなくなった研究室で、一人泣いた。
結局、先生にとって、私は必要な存在ではなかった。
私は一人ぼっちだ。
リルラ先生が反逆者として帝国に捕らえられ、処刑されたのは、それから半年後のことだった。
私にはわからなかった。
どうして先生が殺されなければならなかったのか。
リルラ先生は敵国のスパイだったという。
南方の辺境を訪れたのも、そこで帝国に対する反乱軍を組織させるためだったらしい。
それを聞いても、私にはピンとこなかった。
どうして先生がそんなことをしようとしていたのか、理解できなかった。
わかったのは、魔法学校の外には私の知らない世界が広がっていて、そして先生のことも、私は何一つ知らなかったということだった。
私はひたすら魔法の研究に没頭した。
そうしていないと心が壊れてしまいそうだったから。
やがて私はわずか十九歳の若さで魔法学校の教授になった。
百年に一度の天才と称賛され、帝国からも「真紅のルーシィ」という二つ名と勲章を与えられた。
でも、私の心は満たされないままだった。
もう一度、リルラ先生に会いたい。
叶わぬ願いを抱いたまま、私は初めての弟子を迎えることになった。
そして、私は一人の男の子に出会うことになる。
それが私の最初の弟子――十六歳のソロンだった。
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