138話 ルシルを屋敷に招待しよう!
ルシルは小さな手に一枚の紙を握っていた。
そこにルシルと俺の師匠、ルーシィからの伝言が書かれていた手紙らしい。
俺はまじまじとそれを見た。
「私の大事な弟子ソロンへ」
羊皮紙に書かれた字は流れるような達筆で、とても美しかった。
ルーシィの文字を見て、俺は懐かしくなった。
いつもルーシィが俺に課題を出すとき、この美しい文字を書いて渡してくれた。
ルーシィは魔法の天才で、美人で、それ以外のことも何をやっても高い才能を発揮していた。
性格だけはちょっと素直じゃないけれど、俺は師匠のそんなところも嫌いじゃなかった。
ルーシィは今、囚われの身だ。
クレア少尉の手によって、反逆者として軍の施設で軟禁されている。
なんとしてでも、俺はルーシィを助け出したい。
そして、ルーシィからの伝言には、ルーシィを助け出す方法が書かれていた。
「私を助けようとして無理をしないこと!」
それが手紙の最初の言葉だった。
ソロンが無事であることが何よりも大事なのだから、とルーシィは言う。
「でも、きっとそう言っても、ソロンは私のことを助け出そうとしてくれるだろうから」
手紙にはそう続きが書かれていた。
ルーシィが俺に語りかける姿が目に浮かぶような手紙だった。
まず、ルーシィの手紙は、反逆者としてルーシィが逮捕された以上、もう帝国にはいられない、という前提があった。
当然だけれど、俺にとっては重たい話だった。
もうルーシィは魔法学校の教授でもいられないし、俺の屋敷に住むこともできない。
だから、ルーシィは隣国のアレマニア・ファーレン共和国に亡命するのだという。
アレマニア・ファーレンには友人がいて、ルーシィのことを匿ってくれるらしい。
けど、そのためには敵国のアレマニア・ファーレンへ脱出する方法が必要だ。
そこで俺が役に立つことになる。
俺と俺の協力者の商人ペルセは、他国とのあいだで大量の貿易品を扱っているから、その荷物のなかにルーシィを紛れ込ませればいい。
中立地帯の諸国を間に挟めば、アレマニア・ファーレンとの商品のやり取りをすることも可能だった。
あとはルーシィを軍の施設から助け出すことが必要だけど、その方法は書かれていなかった。
それは当然で、いつ誰に脅かされることになるかは、事前にわかっているはずがないからだ。
だから、そこは俺たちでなんとかする必要がある。
俺はルシルをまっすぐに見た。
ルーシィにそっくりの小柄な赤髪の少女は、無表情に俺を見つめ返した。
「ルシルは、ルーシィ先生の救出に協力してくれるのかな」
「当然。そういうあなたは?」
「ルーシィ先生は俺の大事な師匠だから。どんなに危険だとしてもルーシィを助けに行くよ」
「そう」
「ルシルはもう、事情を全部把握しているのかな」
「ルーシィが軍に捕まったことは知ってる。あと、ルーシィがあなたの屋敷に住んでいることも、ルーシィがあなたとイチャイチャしていることも」
イチャイチャ、という言葉を、ルシルはとても平坦に発音した。
いや、イチャイチャなんてしていないんだけど……。
「そうそう。ルーシィは学校の生徒だったソロンの『髪を撫でたり、抱きしめたり、膝枕をしたり』してたって言ってたもの」
フィリアが横から楽しそうに口をはさむ。
誤解されそうなことを言わないでほしいな、と思って俺がフィリアを見ると、フィリアはいたずらっぽく目を輝かせた。
一方のルシルは、紅い瞳で俺を見つめていた。
「私は一度、あなたに会ってみたかった」
「ルシルが俺に? ああ、兄弟子だからかな」
俺も一度、自分の妹弟子になるルシルには会ってみたかった。
でも、ルーシィはあれこれと理由をつけて、俺とルシルを会わせようとしなかった。
あれにはどういう理由があったんだろう?
「私は、あのルーシィが心を許す人がどんな人か知りたかったから」
「別に俺は平凡な魔法剣士だよ」
「でも、ルーシィはあなたを弟子に選んだ。それが不思議なの。こうして会ってみても、私はあなたに何も特別なものを感じない」
それはそうだろう。
俺自身、自分に特別なところなんて何もないと感じているし、なぜ自分が天才ルーシィの弟子に選ばれたのか、よくわかっていないからだ。
ルーシィは俺に才能がある、と言ってくれたけど、少なくとも俺に魔法の才能はなかった。
フィリアはルシルを眺めていたが、やがて微笑みかけた。
「ソロンは特別な人だよ。わたしやルーシィにとっては。きっとルシルもわかると思うの」
「……そうでしょうか」
「ね、ソロン。ルシルをわたしたちのお屋敷に呼んだらダメ?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「ルシルはルーシィを助けるのを手伝ってくれるし、それにあの赤い魔導書のことも一番よく知っているもの。そばにいたら、きっとソロンやわたしの力になってくれると思うの」
「ルシルと相談するならこの場でもできると思いますが……」
「いつも近くいいたほうがいいでしょ? ルシルにも屋敷に住んでもらうの」
俺はびっくりした。
知り合って間もないルシルを、俺の屋敷に住ませるとフィリアはいう。
たしかに俺の屋敷にはたくさんの少女が滞在している。
けれど、それはソフィアやクラリスみたいな俺と信頼関係のある相手か、アルテやライレンレミリアのように他に行く場所がなくなった子か、そのどちらかだった。
ルシルはそのどちらでもない。
「ルシルに屋敷に来てもらうのには、もう一つ理由があるの」
「フィリア様がルシルと仲良くなりたいからですか?」
「どうしてわかったの!?」
「フィリア様の考えることぐらい、俺にはお見通しです」
フィリアにとっては、ルシルは初めて同い年で友人になれるかもしれない相手なのだ。
そう思えば、ルシルを屋敷に住ませることに俺も反対するつもりはなかった。
ルーシィが反逆者として逮捕された以上、ルシルの身にも何らかの危険が及ぶ可能性もあった。
警備の万全な俺の屋敷に呼ぶのは、ルシルの身の安全を図るという意味でも悪くない。
ちょうどルーシィがいなくなった部屋が空いている。
ただ、それもルシルの意思次第だ。
俺たちがルシルを見ると、ルシルは意外にも迷わず首を縦に振った。
「わかった。私はあなたのお屋敷に行く」
「いいの?」
「……あなたと殿下がどんな人か、私は見定める必要があるから」
そう言って、ルシルは赤い髪をかき上る。
その真紅の瞳からは何の表情も読み取れなかった。
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