135話 魔法学校の制服
帝都の青い星、というのが帝立魔法学校の象徴だった。
青い星というのは、学校中央の時計塔てっぺんにある星形の装飾のことで、その大きさのため、帝都ののどこからでもよく目立つ。
俺とフィリアは学校の校門に立って、二人して青い星を見上げた。
「近くで見ると、あの星って本当に大きいね!」
「フィリア様はこの学校に来るのははじめてですものね」
「うん。……そっか。ここでソロンたちは魔法の勉強をしたんだ」
そう言ってフィリアは周りを見回した。
ちょうど昼休みの時間で、校門のあたりには黒いローブの生徒たちがたくさん往来していた。
ローブには紫色の線が入っていて、それが魔法学校の制服であることを示す特徴だった。
フィリアがその制服をうらやましそうに見つめていた。
帝都の魔法学校の制服のデザインは可愛いと評判で、学校自体が名門であることもあいまって、憧れの的となっていた。
フィリアは悪魔の娘だから、古いしきたりに従って、魔法学校に入学することは禁じられている。
理不尽だけれど、俺にはその決まりを変えることはできない。
くすっと、フィリアは笑った。
「いま、わたしは何を着ていると思う?」
「マントではないんですか?」
フィリアが皇女だと周囲にばれると騒動になるし、フィリアの身が危険にもさらされかねない。
だから、フィリアは全身をすっぽりと覆う灰色のマントをかぶってきていた。
頭にもマントに付属するフードを深くかぶっている。
けれど、フィリアは首を横に振った。
「羽織っているものじゃなくて、、下に着ている服のことだよ?」
「下の服、ですか」
たしかに、考えてみれば、マントのすぐ下に下着を着ているというわけではないはずだ。
「あっ、ソロン、いま変なことを考えたでしょう?」
「考えていないですよ」
「ホントに? わたしのマントの下が裸とか、そういうことを想像していなかった?」
「考えていません!」
「そう? でも、もし実際にそうだったらどうする?」
「師匠としてちゃんとした服装をさせないといけませんね……」
「じゃあ、今からマントを脱ぐね!」
「へ?」
俺は固まり、フィリアは面白がるようにふふっと笑った
もしマントの下が下着や裸だったらまずいし、そうでなくても、マントを脱ぐことでフィリアが皇女だとわかってしまうかもしれない。
俺は慌てて止めようとしたら、それよりもフィリアがさっとマントを外すほうが速かった。
思わず目をつぶりかけ、次の瞬間、俺は目を疑った。
「フィリア様……それって、魔法学校の制服ですよね?」
フィリアが着ていたのは、紫の線に黒地のローブで、つまり周囲の魔法学校の生徒たちの服とまったく一緒だった。
「うん。ソフィアさんに頼んだら、貸してくれるって言ってくれたの!」
「ああ、なるほど」
フィリアの体に対して、かなり服の丈が長いのは、もともとがソフィアのものだからだ。
ソフィアが学校を卒業したのは、今のフィリアと同じ14歳のときだけれど、同じ年齢時点で比べても、フィリアのほうがずっと小柄のようだった。
「これを着ていれば、魔法学校に潜入しやすいでしょ?」
「いえ……潜入という感じで入るほど、後ろ暗いことはないのですが……。」
俺は魔法学校の卒業生だし、何の問題もなく学校に入ることができる。
そして、目的だって、ルーシィの弟子に会うだけだ。
「うん、わたしもホントはそう思うよ」
「なら……」
「でも、一度この制服を着てみたかったの。ね、どう? わたし、魔術師の卵って感じがする?」
フィリアは黒いローブの裾をつまみ、少し胸を張って見せた。
俺は思わず微笑ましくなった。
「よく似合っていますよ」
「ありがと」
フィリアは嬉しそうに微笑んだ。
「あのね、もしわたしがソロンと同い年で、この服を着て一緒に学校に通えてたらきっと楽しかったと思うの」
「そうですね。俺もフィリア様みたいな同級生がいたら、面白かったと思いますよ。……毎日が心配だらけだったかもしれませんが」
「それ、どういう意味?」
「言葉どおりの意味です」
俺は笑いながら大げさに肩をすくめた。
自由奔放なフィリアが同級生だったら、心が休まらないだろう。
でも、きっと楽しかったとは思う。
フィリアは俺よりずっと年下で、しかも悪魔の娘だから魔法学校には入れない。
だから、フィリアが言ったみたいなことは起こりえたはずもないのだけれど。
「いいなあ、ソフィアさんがうらやましい。ソロンと一緒に学校生活が送れたんだもの」
「そうですか?」
「そうだよ。でも……ソロンの弟子として、一緒の時間を過ごしたのは、ソフィアさんだけじゃなくて、わたしだけだものね」
くすっとフィリアは笑った。
そのとき、俺たちの背後に誰かが立った。
思わず俺は警戒し、後ろを素早く振り向いた。
そこには魔法学校の女子生徒がいた。
たぶんフィリアと同じぐらいの年齢だ。
黒いローブを着ているのは、ほかの生徒と同じだけれど、その子が特徴的なのは、かなり小柄なことだった。
そして、髪は流れるような美しい赤で、瞳は真紅に輝いていた。
少女は俺たちをじっと見つめた。
「はじめまして。……ソロン、だよね?」
「ええと、そうだけど」
「わたしはルシル。真紅のルーシィの姪で、そして弟子なの」
ルシル、と名乗った少女は綺麗な声で、俺たちに告げた。






