134話 神父の警告
俺はルーシィの弟子に会いに行こうと考えた。
もしかしたら、ルーシィの弟子は何か重要なことを知っているかもしれない。
ルーシィは別れ際に「私の弟子のことをお願いしてもいい?」と俺に言った。
勘だけれど、これは単にルーシィの弟子の面倒を見てほしいということではなく、俺がルーシィの弟子と会うことに意味があるということなのだと思う。
つまり、ルーシィの弟子は何か重要なことを知っているかもしれない。
ルーシィの弟子は帝立魔法学校の生徒だから、そこに行けば会えるだろう。
俺も卒業生だから、ルーシィの弟子の少女と接触することは難しくない。
午後から外出する用意を整え、外套を手にとる。
俺の屋敷は帝都の郊外にあるから、帝立魔法学校まではそれなりに距離がある。
馬車を呼ばなければ、と考えながら廊下を歩き、玄関前まで来たら、フィリアにばったり会った。
「ソロン、出かけるの?」
「はい。ちょっと用事があって」
「帝立魔法学校に行って、ルーシィの弟子に会いに行くの?」
「どうしてわかったんですか?」
俺はちょっと驚いた。
フィリアには、ルーシィの弟子に会いに行くなんて言っていない。
フィリアは頬を膨らませた。
「そのぐらい、わたしだってわかるもの。ルーシィは昨日、弟子のことをソロンに話してたし。ひょっとしたらルーシィを助ける手がかりがあるかもしれないってことだよね?」
「そのとおりです」
「遠出する格好をしてるし、ソロンだったらルーシィとを助けるのを最優先にすると思うから、そうじゃないかって思ったの」
フィリアの頭の回転の速さに、俺は舌を巻いた。
やっぱり、この皇女殿下は聡明だ。
普段は天真爛漫だけれど、鋭いときは鋭いのだ。
ただ、その鋭さは、ちょっとしたわがままに使われることが多かった。
「ソロン……あのね」
「フィリア様も魔法学校に行ってみたいんですか?」
「どうしてわかったの?」
「フィリア様の考えることぐらい、俺にもわかりますよ」
俺は微笑んだ。
フィリアは好奇心旺盛で、かつ魔法学校に入ってみたいとも言っていた。
フィリアは悪魔の娘だから、残念だけれど、魔法学校への入学が許可されることはない。
けれど、魔法学校を見学させてあげることなら、俺にもできる。
「ついてきていいですよ」
「ホント!? ダメって言われるかと思っちゃった」
「今回は特別です」
魔法学校自体は危険な場所ではまったくないし、目的も人に会うというごくまっとうなものだ。
だから、フィリアの身の安全に心配はない。
魔法学校を見ることは、魔術師を目指しているフィリアにとっても良い刺激になると思う。
俺はフィリアに急いで支度をしてくださいね、と言った。
フィリアは弾んだ声で「うん」とうなずくと、クラリスを探してあっという間にその場からいなくなった。
俺はくすっと笑った。
ルーシィのことは心配だけれど、焦りは禁物だ。
着実にできることから進めて行こう。
そう心のなかでつぶやいたとき、玄関のドアをどんどんと叩く音がした。
誰だろう?
訪問客の予定はない。
俺は警戒しながら玄関のドアを開けた。
そこにいたのは、黒服の長身の老人だった。
胸に金色の十字架をかけている。
帝国教会の聖職者だ。
「久しいな、魔法剣士ソロン」
低い声で言ったのは、皇帝官房第三部の代理人、ガポン神父だった。
かつてフィリアに反逆者の処刑をさせようとした張本人だ。
「何の用ですか?」
俺は冷たく言った。
帝国政府の暗部を担うガポン神父と親しくする理由はまったくない。
ガポンは薄く笑った。
「邪険に扱わないでほしい。なに、大した用があるわけじゃない」
そんなわけがない。
皇帝の秘密警察のガポンが来たのは、ルーシィと関係がある。
クレアは、言っていた。
クレオンやガポンは俺のことも反逆者として検挙する予定だと。
そして、クレアはそうならないように努力するといってくれた。
実際、ルーシィの身柄をクレアが抑えたことで、俺が逮捕される可能性は極めて低くなった。
けど、ガポン神父が俺のことを疑っていることに違いはない。
「警告に来ただけだよ。……余計なことをしようとするな。全部我々は見通している、と」
「余計なことってなんのことです?」
「わかるだろう?」
吸い込まれるような茶色の瞳が、俺を見つめていた。
ルーシィを助けようなどとするな、ということだろう。
わざわざそれを俺に言いに来たのは、何か意味があるのだろうか。
もし俺がルーシィを助けようとして失敗すれば、クレオンやガポンは俺のことを反逆者として捕らえることができる。
だから、俺をはめたいのであれば、むしろ俺にルーシィ救出を行わせた方が得策のはずだ。
しかし、現実には、ガポンは「ルーシィを助けるな」と俺に言いに来た。
つまり、ルーシィの身柄に重要な意味があるのかもしれない。
万に一つでもルーシィを助け出されれば困るということだ。
それなら、クレアがルーシィを軟禁していることについても、黙っていないはずだ。
自分たちの手元にルーシィを置こうとするだろう。
俺はめぐるましく頭を回転させた。
目の前のガポン神父はじっと俺を見つめていた。
やがて、彼はふたたび口を開いた。
「あきらめろ、魔法剣士ソロン。この国は何も変えられないのだ」
ガポンはそう言うと、踵を返して立ち去った。
俺は「それは違う」と心のなかで反論した。
ちょうどガポンと入れ替わりのタイミングで、フィリアが着替えてやってきた。
といっても、皇女であるという身分を隠すために、全身すっぽりと灰色のマントをかぶっている。
フィリアは「お待たせ」と言い、それから首を傾げた。
「どうしたの、ソロン? 怖い顔して」
「ああ、すみません」
俺は息を整えて、それから微笑んだ。
帝国の惨状を変えることができない、なんて俺は思っていない。
「だって、フィリア様みたいな人もいるんですから」
「なんのこと?」
「なんでもありませんよ」
フィリアは不思議そうにしていた。
皇族のなかにだってフィリアのような聡明な人物もいる。
ルーシィの言うようにフィリアが皇帝になるべきかどうかかはともかくとして、確かなのは帝国の未来は暗いことばかりではないということだ。
なら、今の帝国を変えることができない、とは言い切れない。
「さて、さっそく魔法学校に行きましょう!」
「うん!」
俺たちが屋敷の扉を開け放つと、南の空に明るい太陽が輝いていた。






