128話 お酒が飲みたい皇女様
俺は食卓の上に小皿を並べた。
皿の上には、色とりどりのジャムが載っている。
紅茶を淹れるあいだに用意しておいたものだ。
紅茶を飲むときに、ジャムをお茶請け代わりに食べるというのは、帝都周辺の慣習だ。
かなり濃厚なコクのある茶葉を使って紅茶を淹れるから、甘いジャムをなめながら飲むと良い感じになる。
並べられたジャムを見て、フィリアが目を輝かせる。
「綺麗……。どれもおいしそう」
「どれでも好きなジャムを選んでください」
俺が微笑むと、フィリアは「じゃあ……これにしよっと!」と言い、真っ赤なとろとろの苺ジャムをとった。
一方の俺はカリンのジャムを選ぶ。
黄金色のカリンジャムは、白桃のようなとろける甘さのなかに、ほのかな渋みがあった。
こうしてたくさんの種類のジャムを用意するのは、ちょっとした贅沢だ。
冒険者時代にためた財産も一人では使いみちに困ったと思う。
けれど、フィリアたちがいれば、こういうささやかな楽しみのために使える。
使った茶葉は、南方の帝国従属国であるシンラ王国でとれたものだ。
冷涼な高原で初夏に収穫された茶葉は高級品で、非常に香りに優れている。
フィリアが紅茶に口をつけると、「いい香り。それにおいしい!」と言って頬を緩めた。
そして、スプーンにつけたいちごジャムをぺろぺろとなめる。
俺はまずは一口紅茶のみで味わってから、棚の上にある火酒の瓶をとってきた。
そして、紅茶にたっぷりと酒を足した。
火酒はかなり強い酒だけれど、香りの高いお茶と合わせると独特の酒臭さがなくなって、ほどよい味わいになる。
「いいなぁ。わたしもそれ、やってみたい」
「フィリア様にお酒はまだ早いですね」
俺が笑いながら言うと、フィリアは頬を膨らませ、それからくすっと笑った。
なにか良くないことを考えていそうな気がする。
こっそりお酒を自分の紅茶に入れたりしそうだ。
「あっ、ソロン! 窓の外! 流れ星!」
「……その手にはひっかかりませんよ?」
「……残念」
フィリアは火酒の瓶に伸ばしかけた手をひっこめた。
俺は棚の上に火酒の瓶を戻した。
フィリアの身長だと届かない高さだ。
「慌てなくても十六歳になればお酒は飲めるようになるんですから」
「そうだけど……でも、わたしはいまソロンと一緒にお酒を飲みたいの。こないだルーシィの部屋でお酒を飲んでいたんでしょう?」
「まあ、俺もルーシィ先生も大人ですからね」
「ルーシィだけずるい!」
「そう言われましても……」
駄々をこねるフィリアに、俺は困り果てた。
帝国の法律で酒を飲めるのは十六歳からと決まっているし、年齢が低いうちに酒を飲むと身体への影響も心配だ。
俺がこんこんとそう説得すると、フィリアはふくれながらも「仕方ないよね」と言って諦めてくれた。
「それに、ソロンが美味しい紅茶とジャムを用意してくれたんだもの。それだけでもわたしは幸せ」
フィリアは紅茶のカップをふたたび手にとった。
その仕草はとても上品で、同時に銀色の髪がふわりと揺れた。
「そう仰ってくださって嬉しいです。せっかくですから、他にも甘いものを用意しましょう」
たしか帝都で買った焼き菓子が残っていたはずだ。
かなり甘いけれど、たぶんフィリア好みの味な気がする。
ただ、どこにしまったか思い出せず、俺は棚をしばらく探した。
やっと黒色の小さな木箱を見つける。
美しい装飾の箱のなかには、クッキーが何枚か入っているはずだった。
俺が食卓に戻ると、なぜかフィリアが顔を赤くしていた。
どうしたんだろう?
「フィリア様、焼き菓子ありましたけれど、食べますか?」
「う、うん……」
普段のフィリアだったら飛びつくように「食べたい」と言うところだけれど、なぜか落ち着きがなく、視線をさまよわせている。
不思議に思いながら、俺が食卓の上に目を落とすと、カップのなかの火酒入り紅茶が減っていた。
「フィリア様……」
「なに?」
「俺のカップに入っていた紅茶を黙って飲みましたね? かなりたくさん火酒を入れてたんですよ!?」
「な、なんのこと?」
「とぼけてもダメです」
フィリアが勝手に酒を飲んだのはばればれだった。
火酒の瓶さえしまっておけば大丈夫、というのは甘かった。
まさか俺のカップから飲むなんて!
「だって、飲んでみたかったんだもの」
「ただでさえ強いお酒なのに、フィリア様は病み上がりなんですから」
「ごめんなさい……」
俺は肩をすくめた。
飲んでしまったものは仕方がない。
「ちなみに美味しかったですか?」
「うん、とっても! それに……ソロンと間接キスしちゃった」
顔が赤いのは、単に酒を飲んだからだけではないらしい。
恥ずかしそうにフィリアは目を伏せた。
なんとなく俺まで気恥ずかしくなってくる。
しかも、俺のカップはフィリアが使用済み。
俺が残りの火酒入り紅茶を飲もうとすれば、フィリアと間接キスということになる。
だからといって、カップを取り替えるのもそれはそれで変だし、紅茶がもったいない。
俺はため息をついて椅子に腰掛けると、カップに口をつけた。
その様子を見て、フィリアはちょっと嬉しそうな顔をする。
「ソロンもわたしと間接キスしたかったんだ!」
「そういうわけではなくてですね……」
俺が顔を上げてフィリアに反論しようとすると、すぐ目の前にフィリアの顔があった。
フィリアの目はとろんとしていた。
酔いがまわってしまったらしい。
俺はフィリアの体調が心配になったが、すぐに危険なほどの量の酒は飲んでいないはずだ。
そんなことを考えていたら、急に頬に柔らかい感触が押し当てられた。
フィリアが俺の頬に唇をつけたのだ。
「ふぃ、フィリア様!?」
「間接キスだけじゃなくて、ほっぺたにもキスしてあげる」
フィリアはえへへと笑った。
完全に酔っぱらっている。
ルーシィたちはフィリアを皇帝にするといったけど、この皇女様に本当に皇帝が務まるんだろうか……?
「ソロンもわたしにキスしてほしいな」
「勝手に俺の酒を飲むような悪い子にはしてあげられませんね」
俺は冗談めかして言い、代わりにフィリアの頭を撫でた。
フィリアはびくっと震え、それから幸せそうに目をつぶった。
「ちゃんと俺の言いつけを守ってくださいよ? フィリア様は俺の弟子なんですから」
「はーい」
フィリアは返事をしながら身を寄せて、俺にしなだれかかってくる。
仕方なく俺はフィリアを抱きとめ、もう一度その銀色の髪を優しく撫でた。
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