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126話 望む力は

 俺は円卓の人々を見回した。

 誰もかれも本気のようだった。


 フィリアを皇帝にし、自由同盟の人々が帝国政府の実権を握るという計画は、明らかな反逆だ。


「帝都で武力衝突を起こせば、多くの人たちが傷つきます。そうなれば、あなたたち自由同盟は七月党の殺人者と何も変わらない」


「我々は七月党とは違う。政変は一瞬で終わる予定だ。首相ストラスとその他の重臣を排除し、皇帝陛下に退位を促すが、誰の血も流れない」


 財務大臣ウィッテの声は確信に満ちていた。

 よほど計画に自信があるようだ。


 もしこのクーデターが成功すれば、平民出身の財務大臣ウィッテが首相となり、もしかすればルーシィも大臣の一人になるのかもしれない。


 そして、現在の政府とは違う素晴らしい政治を行うのだという。


「君も大臣の一人だ、魔法剣士ソロン。フィリア殿下の信頼が最も厚いのは君なのだからな」


「なぜフィリア様なんです? 皇子や皇女は他にいくらでもいるはずです」


「フィリア殿下はルーシィ殿の親族であると同時に、聡明な方でもある。そして、最大の理由はフィリア殿下が悪魔の、それも奴隷の娘だからだ」


「それは……むしろ帝国の国民の反発を招きそうですが」


 悪魔や奴隷に対する蔑みの感情はいまだに帝国国民のあいだに根強い。

 しかし、ウィッテはそれを否定した。


「だからこそ、だ。虐げられてきた悪魔の血を引く皇女が皇帝となるということが重要なんだ。我々自由同盟は悪魔に対する差別も行わないし、奴隷制も廃止する。フィリア殿下の即位は我々による解放の象徴になるだろう」


「しかし、フィリア様のご意思はどうなるんです? フィリア様は皇帝になりたいなんて思っていないはずです」


「けれど、なりたくないとも思っていないはずよ」


 横からルーシィが口を挟む。


「あの子はずっと宮廷で無視されてきて、孤独だったわ。でも皇帝になれば違う。それに、フィリアがあなたと一緒にいたいと望むなら、力を手に入れるのが一番よ」


 俺は口ごもった。

 たしかにフィリアは無力な自分でいたくないと言っていた。

 自分の道を自分で切り開く力を手に入れるというのが、フィリアの望みだった。

 

 けれど、皇帝になって権力を握るというのが、フィリアの望む力なんだろうか。


「それに戦争をやめなければ、ソフィアもソロンと引き離されてしまうのよ。帝国五大魔術師として前線に送られるんだから」


「ルーシィ先生も、ですね」


 ルーシィはうなずいた。

 そして、ルーシィは言う。


「ソロンがフィリアとソフィアを守りたいなら、私の味方になってほしいの。赤竜との戦いでも、ソロンは私を守ってくれた。あなたは私の自慢の弟子だから、きっと私の力になってくれる」


 真紅の瞳でルーシィはじっと俺を見つめた。

 ルーシィは俺の恩師だ。

 そして、ルーシィは本心から俺のことを大事に思ってくれていると思う。


 けれど、ここでルーシィの言うことを聞くべきか、どうか俺は判断ができなかった。


「……フィリア様と相談させてください」


 俺がそう言うと、自由同盟の面々はうなずいた。

 自由同盟のレティシアは微笑んだ。

 

「ソロン殿にはフィリア殿下の説得にあたってほしい。あなたなら殿下に、皇帝になるという決断させることができるだろう」


「ご期待に沿えるとは限りませんよ」


 ウィッテやレティシアたちは、俺が裏切って帝政政府に密告することを怖れていないように見えた。


 なにか策があるのかもしれないが、それ以前に、俺にはたしかに自由同盟のことを帝国政府に告げることはできなかった。


 もし密告すれば、ルーシィも反逆者の一人として処分の対象になるからだ。


 そして、密告をしないかぎり、この場に参加したことが露見すれば、俺も自由同盟の仲間とみなされるだろう。


 このままでは、俺はずるずると反逆計画に巻き込まれることになる。

 

 やがて自由同盟の会合は終わり、その場にいた人々は時間をずらし、身分がばれないように装いを改めて、酒場から一人ずつ出ていった。




 すでに日は落ちていて、帰り道は真っ暗だった。

 

 屋敷につくまでの馬車のなかで、俺とルーシィはどちらも無言だった。

 気まずい。


 まるでルーシィに初めて会った頃に戻ったようだ。

 

「ソロン……怒ってる?」


 ようやくルーシィはおずおずと口を開いた。

 べつに怒っていないと言っても、ルーシィは信じてくれなかった。

 俺は肩をすくめる。

 

「意外ではありました。ルーシィ先生が帝国の政治に関心があるなんて」


「……前にアレマニアの共和国へ研究のために出かけたの。共和国は、帝国とはぜんぜん違ったわ。みんな豊かで、平等で、自由だった」


「それがきっかけですか?」


「それだけじゃない。ソロンも、私の考えを変えたきっかけなの」


「俺たちが?」


「ソロンの生まれたところは、アレマニア・ファーレン共和国との国境に近いでしょ? だから、帝都の大貴族に生まれた私にとって、あなたの考え方はいつも新鮮だったの。学校時代にソロンは悪魔の女の子を助けてあげたでしょ?」


「ペルセのことですね」


 ルーシィは自由同盟でもペルセのことを話したようだった。

 俺が貴族との賭け事に勝って、奴隷のペルセを助けたのがよほど印象的だったらしい。


 たしかにペルセのことはルーシィにも紹介したはずだったし、記憶に残ってもおかしくはないのだけれど。


「ペルセはあなたの奴隷となったけど、でも奴隷扱いされていなかった。あなたの対等な協力者として、一流の商人になったのよね。それを見て、私はどうしてこんな子が奴隷でいたんだろうって思ったの」


 なるほど。

 それが奴隷制に反対する自由同盟の参加のきっかけの一つになったのか。


「私は師匠としてあなたに魔術を教えたけれど、ソロンも私にたくさんのことを教えてくれたってこと」


 ルーシィはそう言って、目をつぶり、軽く俺に身を寄せた。


 ともかく、戻ったらすぐにフィリアと話し合わなければいけない。


 俺は決断を迫られていた。

 ルーシィとともに帝国に対して反乱を起こし、フィリアを帝位につけるかどうか。


 そして、考えるための時間はそれほど残されていなかった。


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