125話 少女皇帝
「帝国に自由をもらたす?」
俺がオウム返しにつぶやくと、円卓の人々は力強くうなずいた。
財務大臣のウィッテが言う。
「君は奴隷を所有しているそうだな?」
「はい。そのとおりですが……」
俺の奴隷といえば、商人のペルセのことだ。
ただ、ペルセは悪魔は奴隷にならなければならないという帝国法の定めがあるから、形式的に俺の奴隷になっているだけだ。
アルテやフローラも重罪人として奴隷身分に落とされたから、やむなく俺の所有物という形をとっているけれど、二人を実質的に奴隷として扱うつもりはなかった。
おそらくこの自由同盟の人々は奴隷制に否定的なんだろう。
だから、非難されるまえに俺は事情を説明しようとしたが、ウィッテの次の言葉は予想外のものだった。
「君は奴隷を奴隷としてではなく、対等な協力者として扱っていると聞いている。素晴らしいことだ」
「ルーシィ先生から聞いたんですか?」
「ああ。だから、君は本心ではその少女たちを奴隷という身分から解放してあげたいと思っているんだろう?」
「帝国の奴隷制そのものを廃止してしまえば、それも可能になるということですか?」
「そのとおり。奴隷制なんて遅れた制度をまだ続けているのは、大陸の有力国ではこの帝国ぐらいだ」
しかし、そんなことが可能なんだろうか?
たしかに帝国では奴隷の数は減っていて、産業面でも生活面でも機械と魔法の発達により、奴隷が必要な場面は少なくなっている。
そうはいっても、帝国では奴隷制を廃止しようなどという動きはまったくなかった。
それどころか、今でも辺境では帝国軍が異種族の少女たちをさらって奴隷市場に供給している
だいいち帝室自体がかなりの数の奴隷を所有していた。
たとえば、フィリアの母は悪魔の娘であり、皇帝に奴隷として仕えていたのだ。
「奴隷制の問題は氷山の一角にすぎない」
声の主は、円卓に腰掛ける茶髪の女性だった。
美しい茶色の瞳は愉快そうに輝いていた。
「あなたは……バシレウス冒険者団のレティシア団長?」
「そう。今はクレオン救国騎士団の幹部だが」
レティシアはネクロポリス攻略のとき、ルーシィとソフィアをともなって現れた。
もともとこの自由同盟という組織をとおして、ルーシィと面識があったのだろう。
レティシアは別の冒険者集団を率いていたから、クレオンの路線に対して賛同していないようでもあるという。
レティシアは細い指先でとんとんと円卓を叩いた。
「政治の自由がこの国にはない。皇帝陛下とその無能な側近たちが独裁政治を行い、そして民衆たちを虐殺している」
俺はひやりと背中に汗が流れるのを感じた。
いま、レティシアが口にしたのは、現在の皇帝と帝国政府に対する明確な批判だ。
ルーシィがさらに付け加える。
「西方では飢饉が起きて大勢の人が餓死してるし、アレマニア・ファーレン共和国との戦争は負け続き。兵士たちは悲惨な戦いでひどい目にあってるわ」
ウィッテがその言葉に応じた。
「私がルーシィ教授や聖女ソフィア殿の召集をいったん中止させているが、それも時間稼ぎにすぎない」
ルーシィたちは帝国五大魔術師として戦争の最前線に立たされる予定だった。
それをルーシィが帝国の高官に頼んで、いったん止めたと言っていたけれど、高官とは財務大臣ウィッテのことだったらしい。
ともかく、とんでもないところに来てしまったかもしれない。
「戦争を止めて、奴隷制も廃止して、すべての人々を救う。『この国に自由を』。それがわたしたち自由同盟の合言葉」
「ルーシィ先生たちは、帝政政府を打倒しようとしているのですか?」
俺は単刀直入に聞いた。
ルーシィは首を横に振った。
「わたしたちはこの帝国に反逆するつもりはないの。七月党とは違って、みんな帝国と皇帝陛下の忠実な臣下だから」
「なら、どうするんです? 先生たちの実現しようとしていることは、いまの政治の体制では不可能ですよ」
「いいえ。解決策はあるわ。そのためにあなたをここに呼んだの。そして、わたしがあなたをフィリアの師匠としたのも、同じ理由」
ルーシィが真紅の瞳でまっすぐに俺を見つめた
「ソロン。あなたはわたしの大事な弟子なの。この世で一番、あなたのことを信頼してる。だから、あなたには皇帝の師匠としてこの国を導いてほしいの」
「それはつまり……」
俺はルーシィの言いたいことがわかったが、あえて口にはしなかった。
言葉にするには、それはあまりにも現実味のないことだったからだ。
「宮廷を武力制圧して、皇女フィリア殿下を帝位につける。それがわたしたち自由同盟の計画ってこと」
ルーシィは「この国に自由を」とつぶやき、円卓の人々も「この国に自由を!」と斉唱した。