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124話 自由同盟

「お客さんなら、客間に通してあげればいいのに」


 二階への階段のなかばから、ルーシィはこちらを見下ろして俺に言った。

 一方、玄関に立つクレアはルーシィを睨み返していた。


「おかまいなく、ルーシィ教授」


 クレアは冷え冷えとした声で言った。

 詳細はわからないが、クレアはルーシィに対してなにか思うところがあるらしい。


 ルーシィは困惑した様子だった。

 たぶん、クレアに憎しみのこもった視線を向けられる理由がわからないんだろう。


「私のことを知っているのね。あなたはどちら様?」


「私は帝国軍少尉のクレアです。ルーシィ教授はきっとわたしのことなんて覚えていないでしょうけれど」


 クレアはさっと身を翻して、玄関の扉を開け放った。

 そして、振り返って灰色の瞳で俺を見つめた。


「ソロンさん。わたしはあなたの敵ではなく、味方なんです。だから、わたしの忠告を覚えておいてください」


 そして、クレアは屋敷の外へと姿を消した。

 残された俺とクラリスは顔を見合わせた。


 クレアの忠告とは、ルーシィのことを信用するな、という話だろう。

 

 しかし、そう言われても俺はルーシィのことを信頼している。


 クレアは昔は親しかったし、妹みたいな存在でもあった。

 けれど、ルーシィとクレアのどちらを信じるかと言えば、俺は師匠のルーシィのことを信じるだろう。

 

 ただ、気になることはある。

 ルーシィが酔って口にした「自由同盟」という言葉。


 あれは何だったんだろう?

 

 俺はクレアがクレオンの妹だと説明すると、真紅の瞳を大きく開き、「へえ」とつぶやいた。


「あのクレオンの妹なのね……」


 ルーシィにとっても、クレオンは印象的な生徒だったらしい。

 といっても、ルーシィに言わせれば、印象的なのはクレオンの優れた才能よりも、弟子である俺の友人という事実のほうだった。


「クレアって子のことはぜんぜん覚えてないけど……。どこかで会ったかしら?」


 ルーシィは首をひねっていた。

 俺の知る限り、クレアとルーシィが知り合う機会はなさそうだった。


 残念だけどクレアは魔法学校に入れなかった。

 ルーシィは肩をすくめた。


 考えても仕方ない、と思ったんだろう。


「ソロン……ちょっといい? 明日、出かけたい場所があるの。この屋敷からそれほど遠くない場所なんだけど」


「ええと、フィリア様のことが心配ですが……」


「大事な用で、ソロンもいないとダメなの」


 そう言われると、俺としては断りづらい。

 

 フィリアは回復しつつあるし、明日になればかなり良くなっているだろう。

 看病はソフィアとクラリスがやってくれているはずだ。


 多少は屋敷を外しても問題はないとは思う。


 ただ、俺がルーシィにうなずくと、横にいるクラリスが俺の袖を引っ張った。

 そして、じーっと俺を見つめる。


「えっと、クラリスさん? どうしたの?」


「べつにどうもしませんよ。ただ、こないだもソロン様はルーシィ先生と深夜に一緒の部屋にいたそうですし、また二人で外に出かけるなんて仲がいいんだなあって思ったんです」


「ルーシィ先生は俺の師匠だからね」


 俺はそう言ってみたものの、ルーシィは少し頬を赤く染めた。


 クラリスはルーシィの様子を見て、「怪しいなぁ」とつぶやいていた。


「そ、ソロンと出かけるのは真面目な話をするためだから!」


 ルーシィは早口で言うと、慌ただしく自分の部屋へと引っ込んでしまった。

 これ以上のクラリスの追及は避けたかったらしい。


 俺が肩をすくめていると、クラリスがいたずらっぽく目を輝かせた。


「今度、あたしとも一緒に帝都に出かけましょう!」


「どうして?」


「ソロン様と一緒に帝都で遊びたいなって。それだけですよ。ダメですか?」


「もちろんダメなわけないよ」


「本当ですか! 嬉しいです! 帝都の有名お菓子工房が新作を出してますから、一緒に食べに生きましょう!」

 

 クラリスが楽しそうに言うのを聞いて、俺もなんだか嬉しい気持ちになった。


「とりあえず、フィリア様のためにパンケーキを作ろうか」


「はい!」



 俺とルーシィは、翌日の夕方に屋敷の外へと出た。

 フィリアもだいぶ体調が良くなっているようだったから、俺としても安心して出かけられる。


 真正面には夕日が赤く輝いている。


「それでどんな用事なんです? 一緒に酒を飲みに行くっていうわけではないですよね」


「それも魅力的だけど」

 

 とルーシィはつぶやいた後、はっと口を押さえた。

 本音がだだ漏れだ。


 クレアはルーシィが俺を騙しているといった。が、ルーシィはそういう陰湿なことを上手くできるタイプだとは思えない。


 ただ、なにか隠し事はしているかもしれない。


 俺たちは他愛もない話をして、道を歩いた。

 ルーシィによれば、歩いても行ける距離の場所だという。

 

 やがて帝都郊外の酒場に来た。

 木造の家屋に、大きな青色の看板が掲げられていて、何の変哲もない酒場という感じだった。


 俺は思わずくすっと笑う。


「やっぱり酒を飲みに来たんじゃないですか」


 けれど、ルーシィは真顔で首を横に振った。

 そして、「入ればわかるから」と言って俺を酒場のなかへと連れ込んだ。


 そこに広がっていたのはごく普通の酒場だったが、カウンターにいた店主が、ルーシィの姿を認めると、小走りで駆け寄ってきた。


 そして、酒場の端にある扉を開けた。

 そこには地下へと続く階段があった。


「ここを降りるわけですか?」


「ええ」


 ルーシィは珍しく口数が少なかった。

 真っ暗な階段を、俺たちは燭台を下げながら降りていく。


 そして、階段を降りきったところに小部屋があった。

 その扉を開けようとルーシィはドアノブを手にした。


 ルーシィがその扉を開けると、そこには円卓があり、それを囲むようにずらりと人が椅子に腰掛けていた。


 俺は息を呑んだ。

 そのいずれもが、服装からして明らかに高貴な身分の人物だった。


 そのなかから初老の男性が立ち上がり、にこやかな顔でソロンに握手を求めた。


「よく来てくれた。君が高名な魔法剣士ソロンだな。若いながらに人格も立派で、優れた指導能力を持つ人物だと聞いているよ」


「過分な言葉、ありがとうございます。しかし、あなたは……」


「おっと、名乗るのを忘れていたな。私はウィッテ。いちおうこの帝国の財務大臣だ」


 俺はさすがに驚いて、返事をするのも忘れてルーシィを振り返った。

 ルーシィは小さくうなずいた。


「ここにいるのはみんな私の同志よ。自由同盟というのが私たちの組織の名前なの」


「ええと、いったい何の集まりなんですか? まさか今年の新酒の品評会というわけではなさそうですし」


 俺は周りを見回した。

 ルーシィの真紅の瞳も、そしてウィッテたち自由同盟の構成員たちの目も、一斉に俺を見つめている。


 ルーシィは静かに言った。


「私たちの目的はただひとつ。この国に自由をもたらすことよ」


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