121話 良薬は口に苦し
結局、赤竜を倒した後ほどなくして、俺たちは遺跡の第二層に降り、目的のヤナギランの薬草を見つけることができた。
どうして赤竜がこんな攻略済みの遺跡にいたのかは気になるが、もうこのコリント庭園自体に用はない。
ついでにいくらかの財宝や薬草を回収する。
その途中で、俺は一つの魔石を拾い上げ、懐にしまった。
その魔石は色とりどりの光を順番に放つもので、特に使いみちがあるわけではないのだが、その美しさから鑑賞品として高く売れる。
そして、俺たちは引き上げた。
屋敷に戻ると、さっそく俺は薬草を煎じてフィリアへと持っていった。
「おかえり、ソロン!」
フィリアは苦しそうに咳き込みながらも、顔を輝かせて俺たちを迎えてくれた。
俺も微笑んでフィリアに答える。
「ただいま戻りました、フィリア様」
「……ソロン、その顔、どうしたの?」
俺は頬に受けた傷を隠すために白い布を貼っていた。
まあ、すぐに跡も残らず治るとは思うけど、念のためだ。
「ちょっと怪我をしただけですよ」
俺は軽くそう言ったが、隣に立つルーシィが辛そうに目を伏せたことに気づいた。
この話題はなるべく引きずらないようにしよう。
フィリアにせがまれて、俺は遺跡や戦った赤竜について語った。
「いいなあ、わたしも行きたかったなあ」
「回復したら、約束したとおり遺跡に連れていってあげますよ。そのためにも、薬を飲んで安静にしていてくださいね」
そして、俺はフィリアに薬草を煎じた湯を差し出す。
フィリアは受け取ると、わくわくした様子で薬の湯に口をつけた。
この薬草を煎じると、匂いはとてもおいしそうな甘い香りになるようだった。
けれど、たいていの薬というのは、良い味はしないものだ。
フィリアは一口飲んで、顔をしかめた。
「変な味がする……」
「良薬は口に苦し、ですよ」
「苦いというより、渋いの……」
フィリアはおいしい味がすると想像していたようで、がっかりしたようだった。
けれど、すぐに気を取り直したのか、薬を飲みほして笑顔をみせた。
「でも、ソロンたちがわたしのために採ってきてくれた薬草だものね。ありがと」
「どういたしまして。お口直しを兼ねて、フィリア様の好きな甘いパンケーキを作ってさしあげますよ。ちゃんとお薬を飲めたご褒美です」
「ソロン……わたしのことを子ども扱いしてない?」
「パンケーキ、いりませんか?」
「……食べたいけど」
俺はくすっと笑うと、フィリアの銀色の髪をそっと撫でた。
フィリアが「あっ」と小さく吐息をもらし、それから頬を膨らませた。
「やっぱり、子ども扱いしてる」
「そんなことありませんよ」
「でも、気持ちいいからもう少し撫でるのを許してあげる」
そう言って、フィリアは熱のせいで赤かった顔をさらに赤くして、目を伏せた。
俺は微笑んでそのままフィリアの頭を撫で、フィリアはされるがままになっていた。
しばらくして手を離すと、ふと後ろから強い視線を感じて振り返った。
なぜかルーシィやソフィア、それにリサがジト目で俺を睨んでいる。
リサはクラリスと一緒にフィリアの看病をしてもらっていたのだ。
「……ええと、皆さん? どうしたんでしょう?」
三人のかわりにクラリスが面白がるように答える。
「みんな自分も髪を撫でてほしいって思っているんですよ。あ、もちろん、あたしもです」
ルーシィたちは頬を赤くして、ぷいっと顔をそむけた。
クラリスは続けて言う。
「あたしは前もソロン様に髪を撫でてもらいましたものねー」
「そうなの!?」
ソフィアがびっくりした様子でクラリスに尋ねると、クラリスはえへんと胸を張り、うなずいた。
「そうですよ。二人きりでソロン様にいっぱい可愛がってもらったんですから」
クラリスの言っているのは、皇宮襲撃事件の直後のことだと思う。
あのときは襲撃のあとでクラリスも怯えていたという事情もあったし、それに髪を撫でる以上のことは何もしていないのだけれど、ソフィアたちは誤解したようだった。
「ソロンくん……!」
「びょ、病人のそばでは静かにしよう……」
と俺は言ってみたものの、肝心の病人のフィリア自身が興味津々の様子で、「ソロン……どういうこと?」と俺に尋ねた。
誤解を解かないと、この場から解放してもらえなさそうだ。
俺が説明をしようと口を開きかけたそのとき、部屋をノックする音がした。
俺たちは顔を見合わせた。
クラリスが部屋の扉を開ける。
「あ……えっと、取り込み中だった? ソロンに用があるんだけど……」
弱々しく微笑んだのは、紫色の髪と目が印象的な少女だった。
彼女は機工士ライレンレミリアだ。
聖ソフィア騎士団の元幹部で、いまはこの屋敷の住人の一人だった。
 






