119話 魔法剣は邪道?
コリント庭園は帝都郊外から半日ほどで行ける位置にあった。
フィリアを助けるための薬草探しに行くわけだけれど、コリント庭園は大した難易度の遺跡ではない。
いざとなれば俺一人でも薬草を探して帰ってくるぐらい、どうってことはないはずだ。
それなのに一緒に行く仲間が、少し豪華すぎる気がする。
一人は帝立魔法学校の教授である天才魔術師、「真紅のルーシィ」
もうひとりは教会の認めた規格外の力をもつ聖女ソフィアだ。
道中の馬車では、俺の右隣にルーシィが座り、左隣にソフィアが座っていた。
それほど大きな馬車ではないし、三人で乗るとかなり狭い。
しかも二人はなぜか俺のほうにかなり詰めて座っているから、互いの身体が密着する。
二人の柔らかい感触と甘い香りに少しくらりとする。
「ルーシィ先生……その、くっつきすぎじゃないですか?」
「それはソフィアに言ったら?」
ルーシィはつんつんと俺の膝をつついて言う。
ソフィアは顔を赤くして、ぷいと顔をそむけた。
たしかにソフィアもだいぶ俺との距離を詰めて座っている。
ルーシィのほうはもともと俺についてくるつもりだったみたいだけれど、ソフィアまで参加するとは予想外だった。
「俺とルーシィ先生だけで大丈夫だったのに」
というと、ソフィアは頬を膨らませた。
「だってソロンくんのことが心配だったんだもん」
「冒険者は引退するんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどね。ソロンくんが遺跡に行くなら、わたしもついていかなくちゃって思って」
ソフィアはくすっと笑った。
「それに……ソロンくんがルーシィ先生と二人きりなのも不安だし……」
「なにが不安なのかしら?」
と横からルーシィが口をはさむ。
「それは……なんとなく、です」
とソフィアはうつむいて答えた。
前も思ったことだけれど、この二人は仲が悪いわけではないのに、微妙な距離感がある。
ソフィアとルーシィは互いを高く評価しているはずなのだが、天才同士、妙に意識するところがあるのかもしれない。
「せっかくソロンと二人きりだと思ったのに」
とルーシィがささやくようにつぶやく。
ソフィアには聞こえないぐらいの小さな声だ。
急に馬車が止まった。
目的地についたらしい。
俺たちは御者に礼を言うと、馬車から降りた。
まあ、目的の薬草探しはすぐに終わるだろうから、少しのあいだ御者には待ってもらうことにした。
コリント庭園は、大昔の領主であった大貴族が作った庭園だという。
それが廃墟になるまで放置され、地層の下へと沈んでいき、やがて魔族の住処となった。
とはいえ、この庭園はだいぶ昔に冒険者たちによって攻略済みだし、さほど強い魔族はもう生息していない。
「さて、張り切っていきましょう! 私の本気を見せてあげるわ!」
「ルーシィ先生が本気を出したら、薬草まで全部燃やし尽くしちゃいますよ」
俺が笑いながら言うと、ルーシィが「それは残念」とぼやいた。
ルーシィは偉大な魔術師であり、魔法の優れた研究者だが、冒険者ではない。
だから、遺跡の攻略には慣れていないし、うまい具合に遺跡のなかの価値のある物品を回収する方法も知らない。
俺は遺跡の地下へと続く階段を降り始めた。
ルーシィ、そしてソフィアがその後に続く。
じとっとした空気の第一層には、そこかしこにツタが生えていた。
壁も床も白っぽい色の石で出来ている。
俺たちが進むと、大きめのネズミのような見た目の魔族がわらわらと現れた。
駆け出しの冒険者であれば、かなりの脅威になったと思う。
が、ソフィアが杖を一振りすると、魔族は一瞬で消え去った。
「さすがは聖女様。帝国五大魔術師の一人ね」
感心したようにルーシィが声を上げた。
ソフィアは控えめに「そんなことないです」と言った。
たぶん、ルーシィもあのぐらいの魔族であれば、一秒とかからずに倒せただろう。
そういえば、フィリアのことも心配だけれど、もうひとつ差し迫った問題がある。
「五大魔術師と言えば、ルーシィ先生とソフィアが選ばれたんですよね?」
「ええ。そして、戦争の道具にされるってわけ」
憮然とした表情でルーシィが言う。
帝国とアレマニア・ファーレン共和国とのあいだの「大共和戦争」は、ますます激しさを増していた。
前線では大量の兵士が死んでいるし、一部の戦線は崩壊しかけているともいう。
そんな危険な戦場にルーシィやソフィアが送り込まれることになる。
もちろん俺は反対だったけれど、これは政府の命令だ。
復活させた魔王の投入とともに、名声の高い魔術師を先頭に動員する作戦は、帝国の反撃作戦の目玉になる予定だった。
その決定をくつがえすことは難しい。
ルーシィが知人の高官に頼んでいったんは戦場行きをを延期させてはいる。
ただ、このままではいずれ二人は前線へ行かなければならなくなるだろう。
けれど、ルーシィはきっぱりと言った。
「政府の計画通りになんかさせないわ。……私がきっと止めてみせるから」
「なにか作戦でもあるんですか?」
「ええ。せっかくソロンが帝都に戻ってきたんだから、もう少し一緒にいたいものね」
そう言って、ルーシィは片目をつぶってみせた。
肝心の政府の計画を止める方法については話すつもりはないらしい。
俺は重ねて尋ねようとしたが、急にソフィアに肩を叩かれた。
「どうしたの?」
「ソロンくん……あれ」
ソフィアが指さしたのは遺跡の奥だった。
なにか赤いものが近づいてくる。
俺とソフィアは顔を見合わせた。
そして、ルーシィを振り返る。
きょとんとした表情のルーシィを俺は引っ張り寄せた。
「な、なに?」
「赤竜がやってきます、伏せてください!」
俺はルーシィと一緒に床に倒れ込んだ。
次の瞬間、凄まじい速さで赤い線が目の前を通り過ぎる。
赤竜はそのまま壁に激突した。
どうしてこんなところに赤竜のような強大な魔族がいるのか。
コリント庭園はもう攻略済みのはずで、事前情報にはどこにもそんなことは書かれていなかった。
俺は宝剣テトラコルドを抜くと、前へ進み出た。
「ルーシィ先生たちは下がってください」
「へえ、ソロンが守ってくれるんだ?」
「俺は一応魔法剣士ですからね」
ルーシィとソフィアの二人は俺より遥かに優れた才能を持っているけれど、純粋な魔術師だから、敵の攻撃から身を守るのはそれほど得意じゃない。
だから、俺が前衛として二人の前に立つ必要がある
「魔法剣、ね」
ルーシィが俺の剣を見つめながら言う。
魔法学校時代、俺が魔法剣を使うことを、ルーシィは喜ばなかった。
ルーシィはいつも「魔法を使うのに最適なのは剣なんかじゃなくて杖。魔法剣を使うのは邪道なんだから」と言っていた。
けど、俺は魔法剣士になることを選んだ。
魔術一本でやっていけるほどの才能はなかったのだ。
俺は宝剣テトラコルドを抜いた。
青い刀身が輝いている。
俺は微笑んでルーシィに言う。
「そう。先生の嫌いな魔法剣ですよ」
「べつに嫌いってわけじゃないのだけれど……。それはあなたの大事な剣なんでしょう?」
俺はうなずいた。
宝剣テトラコルドは、ソフィアとクレオンと一緒に探索した遺跡で手に入れた大事な剣だ。
これがなければ、俺は今日までの戦いを生き延びることができなかっただろう。
「……ソロンが見つけた道なら、私はそれを否定するつもりはないの。だから、その剣で私を守ってみせて」
「もちろんです」
赤竜が赤い目を光らせた。
そして、耳が痛くなるほどの大音量の咆哮を上げる。
「来るよ、ソロンくん!」
「了解!」
ソフィアの言葉を合図に俺たちは戦闘態勢に入った。
俺の後ろでは左右にわかれてソフィアとルーシィが杖を構えていた。
このあと赤竜は突進してくる。
その最初の一撃を受けきれば、あとはソフィアとルーシィの魔法攻撃で仕留めることができるだろう。
俺は宝剣テトラコルドをまっすぐに構えた。
 






