117話 お姫様抱っこ?
結局、ルーシィのいう大事な話というのが何かはよくわからなかった。
一つ目の大事な話は、自由同盟、という言葉を出した直後に、ルーシィがうとうとしはじめて続きが聞けなかった。
無理やり起こすわけにもいかないし、そんなことをしたら寝起きのルーシィの不機嫌が怖い。
ルーシィの寝顔はあどけなかった。
ちょっとだけとはいえ俺より年上のはずなんだけど、とてもそうは思えない。
ただ、ルーシィが言いかけていたことは気になった。
自由同盟。
なにかの組織だとは思うのだけれど、聞いたことのない名前だ。
ルーシィはその名前を口に出し、そして俺とフィリアに会わせたい人がいると言った。
その意味を俺は考えた。
あえて話題にしなかったけれど、さしせまってルーシィにとって問題なのは、帝国五大魔術師に選ばれてしまったことのはずだ。
ルーシィは激しさを増す大共和戦争の前線に送られるかもしれず、これはソフィアも同様だった。
なんとかしてそれは回避したいが、情報が少なすぎる。
俺は考え込んだが、すぐに今すべきことはそうじゃないと気づいた。
寒そうに震えるルーシィを見て、俺は微笑み、毛布をかけた。
そして、「おやすみなさい、ルーシィ先生」と小さくつぶやいた。
さすがに、この部屋に一晩いるわけにもいかない。
部屋の扉からそっと出て、ほっとため息をついた。
急いで自室に戻ることにしよう。
そうでないと、部屋の誰かが俺の不在に気づいて探しに来るかもしれない。
こないだは夜更けに書斎で作業をしていたら、フィリアがやってきた。
今回は書斎にこもっていたのと違って、見つかったらいろいろ誤解されそうだ。
そして、実際に誤解された。
俺が数歩も歩きださないうちに、俺は腕をつかまれた。
とっさに振り返ると、そこにはフィリアがいた。
白いネグリジェ姿のフィリアはびくっとした様子で目を伏せた。
「ソロン……怖い顔をしてる」
「すみません。怖がらせてしまいましたが?」
「そうじゃないけど……」
ネクロポリス攻略作戦で俺も思ったよりも神経をすり減らしたのかもしれない。
腕をつかんだのがフィリアだとはわからなかったから、警戒してしまった。
それが顔に現れたのだろう。
俺はフィリアを安心させるように微笑んだ。
「こんな夜遅くにどうしたんですか?」
「それはわたしのセリフだよ。どうして深夜なのにソロンがルーシィの部屋から出てくるの?」
フィリアが俺の服の袖を引っ張って不満そうに言う。
しまった。
見られていたのか。
「後ろめたいことがあるんだ? 顔も真っ赤だし……」
「いえ……なにもありません」
「ふうん……やっぱり、なにかあったんだ?」
俺は頭を抱えた。
フィリアは完全に誤解していて、一緒に酒を飲んでいただけだと言っても納得してくれなさそうだった。
「ソフィアさんやクラリスたちにも言っちゃおうかなー」
「それは勘弁してください。……というか、最初の質問に戻りますけど、なんでフィリア様が廊下にいるんでしょう?」
フィリアは寝室でぐっすり寝ていたと思ったけれど。
フィリアはぷいっと顔をそむけた。
その仕草を見て、俺は理由が想像通りだったことがわかった。
「やっぱり、俺を探しに来てくれたんですか?」
「だって……目が覚めたら、ソロンが部屋にいなかったから……」
「ああ、そういうことですね」
「夢を見たの。ソロンがネクロポリスで死んじゃう夢」
フィリアはじっと俺を見つめた。
たしかに俺は何度もネクロポリスで死にそうになったと思う。
そのたびにフィリアは不安だっただろう。
「すみません。心配をさせてしまって。でも、フィリア様を一人にしたりしないっていう約束を破ったりはしませんから」
俺はネクロポリスの途中でフィリアとはぐれ、再会した後にフィリアにそう約束したのだった。
「なら、今日はわたしの隣で寝てくれる?」
「え? いつも同じ部屋で寝ているじゃないですか」
「ううん。同じベッドで添い寝してほしいの」
俺はびっくりした。
さすがにそれは問題がある気がする。
「ソフィアとクラリスさんたちが何て言うか……」
「きっとすごくやきもちを焼くと思うよ。きっとルーシィも」
フィリアは楽しそうにくすくす笑った。
どうしたものかと戸惑っていたら、フィリアの様子が少しおかしいことに気づいた。
なんだか息遣いが荒い気がする。
顔が赤いのも、単に恥ずかしがっているだけではない気がする。
俺は「ちょっといいですか」とことわってから、フィリアの額に手を当てた。
ひゃっ、とフィリアが短く息を呑む。
「ソロンの手……すごく冷たい」
「フィリア様がすごい熱を出しているんですよ。身体もかなりしんどいはずです」
そう言うと、フィリアは目をそらした。
図星なのだろう。
「無理して俺を探しに来たらダメですよ」
「だってソロンがいないと不安で眠れなかったんだもの」
そう言われると、たしかに俺のせいだ。
俺が部屋を抜け出してルーシィの部屋に行かなければ、フィリアが俺を探しに来る必要もなかったのだから。
フィリアがふらついたので、俺は慌てて抱きとめる。
ちょっと考えてから、ひょいっと俺はフィリアを抱きかかえた。
「そ、ソロン!」
「歩くのも大変でしょうから、このまま部屋にお連れしましょう。嫌ですか?」
「い、嫌じゃないけど……。少し恥ずかしいよ」
「なら、下ろしましょうか」
「ううん、このままのほうがいいな」
フィリアは恥ずかしそうに目をそらしながらも、嬉しそうに頬を緩めた。
「ソロンが看病してくれる?」
「もちろんです」
「添い寝は?」
「ええと、はい。フィリア様が望むならしますよ」
「やった! あ……でも、風邪だったらソロンにうつしたらいけないよね」
「たぶん、風邪ではないと思います」
俺は考えた。
単にネクロポリス攻略の疲れで高熱を出したならいいけれど。
フィリアの魔力の流れに乱れを感じる。
もしかすると、フィリアが魔王の子孫であることと関係があるかもしれない。
明日、ルーシィに相談してみよう。こういう問題には、魔法学校の教授は詳しいはずだ。
ルーシィは俺を頼ってばかりで、俺に何も師匠らしいことをできていないと言った。
でも、それは違う。
たしかに俺とルーシィは歳が近いし、よくも悪くも友人みたいな感じだ。
でも、俺にとってルーシィは頼りがいのある師匠なのだった。
ルーシィは師匠として俺にたくさんのことを教えてくれた。
同じだけのことを、俺は師匠としてフィリアにしてあげられるだろうか。
俺が腕のなかのフィリアを見つめると、フィリアは真っ赤な顔で、えへへと笑った。






