113話 決着
状況は混沌としはじめた。
皆、ソフィアとルーシィに注目している。
それは守護戦士ガレルスも例外ではなく、彼は大きく目を見開き、信じられないという様子で呆然としていた。
「どうしてここに聖女様と魔法学校の教授がいる? あんたらは帝国五大魔術師として共和国との戦いの最前線に送られている予定だったはずだ」
ガレルスがようやく口を動かした。
政府はソフィアとルーシィのネクロポリス攻略作戦参加を禁止していた。
その理由をクレオンは明かしていなかったけれど、どうやら二人を戦争に参加させるということだったらしい。
たしかに二人を戦争に投入すれば凄まじい戦力になるだろう。
それに、広く世間で人気のある聖女と、権威ある魔法学校の教授を先頭に立てれば、士気も上がる。
政府の考えは理解できたが、だからこそ俺は怒りがこみ上げてきた。
二人を危険な戦地に赴かせるなんて、そんなことにクレオンが賛成だったなら許せない。
けど、それならガレルスの言うとおり、なぜ二人は政府の命令を無視してここに来ることができたのだろう。
その疑問にはルーシィが答えてくれた。
「ソロンが危険な目にあいそうなのに、私が指をくわえて黙ってみていると思う? そんなわけないでしょう?」
ルーシィは真紅の瞳で俺を見つめた。
「私はこれでも帝立魔法学校の教授で、大貴族の娘なの。政府高官に知り合いもいるし、戦場行きを少し遅らせるなんて簡単よ」
「本当はソロンくんにも先に知らせておければ良かったんだけど……。敵を騙すには味方からってルーシィ先生が言うから……」
と、ソフィアが補足する。
二人がレティシアの第三分隊に加わったのは、クレオンとガレルスらに気付かれないように行動する必要があったからだと思う。
そうすれば、最後に合流して、魔王復活の生贄になりそうになるフィリアと、フィリアを守ろうとする俺を助けることができるからだ。
レティシアはすっとぼけた調子で「こんな心強い味方から協力の申し出があったら断るわけないだろう?」と言っていた。
ただ、状況は想像とはぜんぜん違うものとなった。
俺が要約して現在の状態を説明すると、ソフィアが短く息を飲んだ。
魔王復活の生贄とされたアルテとフローラは、今も床に倒れ苦しんでいた。
消耗しきったフローラは瞳は濁り、一言もしゃべらず、ときどきびくびくと痙攣するのみとなっていた。
さっきまでは強気だったアルテも、手足を投げ出して仰向けになり、「助けて……痛い」とうわごとのようにつぶやいている。
そして、胸に刺された杭が赤く輝くと、「きゃああああああ!」と甲高い悲鳴を上げていた。
ガレルスがそれを見て、不機嫌そうに舌打ちし、「うるせえんだよ」と言ってアルテを蹴り飛ばした。
それから、いいことを思いついたというようににやりと笑う。
「アルテ。助けてほしいか? この苦しみから逃れたいか?」
アルテはうつろな瞳で瀕死のフローラを見て、それからガレルスにうなずいた。
その姿を見て、ガレルスは愉しそうな声で続ける。
「それなら、『ガレルス様』とでもいって命乞いをしてみろよ。ついでに俺の靴でもなめろ。そうしたら許してやるさ」
「許してください、ガレルス様。……お願い、助けて。こんなところで死にたくない!」
アルテはそう言うと、ガレルスの前にひざまずき、舌を出して彼の靴を舐めた。
そこには、傲慢だけれど誇り高い賢者の面影はなかった。
もちろん、こんなことをしたからといって、ガレルスがアルテを助けるわけがない。
その判断もできないほど、アルテの精神は摩耗しきっているのだろう。
ガレルスは魔力吸収装置を手に取ると、それを軽く弄んだ。
次の瞬間、アルテが絶叫を上げる。
おそらく魔力吸収装置で、魔力の奪取の速度を上げたんだろう。
アルテはのたうち回り、やがてぴくりとも動かなくなった。
瞳からは光が失われ、その美しい顔には恐怖と絶望が刻まれ、中途半端に開いた口からは唾液が垂れ流れていた。
「ひどい……」
ソフィアがつぶやく。
そう思ったのは、ソフィア以外の冒険者たちも同じだったようだ。
あまりにも非人道的な扱いに、誰もが困惑していた。
ガレルスは俺、フィリア、リサ、ルーシィ、ソフィアの五人を見回す。
「ソロンの罪は不問にしてやる。このアルテみたいな目にあいたくなかったら、さっさとここから出ていけよ」
形勢の不利を悟ったのか、ガレルスは俺と戦わない方針を決めたようだった。
俺を捕縛するというのを取りやめさえすれば、ソフィアやルーシィたちが退いてくれると思ったらしい。
けれど、ソフィアは首を横に振った。
「ガレルスくん。どんな事情があったとしても、アルテさんはわたしの仲間だったんだよ。わたしのことを慕ってくれた後輩だったの。それに……」
「私の大事なソロンを傷つけようとしたのを、許したりはしないんだから!」
ルーシィは叫ぶと同時に熾烈な炎魔法をガレルスめがけて繰り出した。
ガレルスはなんとかそれを大剣で受け止める。
鎧の魔法防御を失ったのに、魔法学校教授の天才ルーシィの攻撃を受け止められるのは、さすが守護戦士といったところだ。
けど、攻撃はそれで終わらなかった。
ルーシィが攻撃しているあいだに、ソフィアが教会式魔術の詠唱を行っていたのだ。ソフィアの魔術が直撃すると、さすがのガレルスも吹き飛ばされ壁にたたきのめされた。
さらに、ソフィアの熱心な支持者の剣士ラスカロスとその部下も中立から俺たちの側へと転じた。
黒魔道士ナーシャもまた、俺の味方をすることを決断したみたいだった。
アルテへの恨み以上に、苦しめられるアルテたちの姿が、傷ついた主のライレンレミリアとかぶって見ていられなかったのだろう。
ガレルス隊の冒険者の数人が俺たちと戦おうと剣を抜いたが、ラスカロスとナーシャたちに制圧された。
軍服の少女もガレルスを助けようと動いたが、飛んできた攻撃魔法に当たり、「ああ……仕方ないですね」とつぶやいて、気を失う。
振り返ると、フィリアとリサが「やった」と弾んだ声で言い、ハイタッチをしていた。
二人が攻撃魔法を使って倒してくれたらしい。
ガレルスはなお起き上がり、大剣を拾って抵抗しようとしていた。
「この逆賊たちを拘束しろ! オレは――」
「終わりだ。ガレルス」
俺は宝剣テトラコルドをガレルスに振りかざした。
ガレルスは大剣で受け止めようとしたが遅い。
俺の斬撃がガレルスの剣を捉える。
ガレルスは体勢を崩し、剣を取り落した。
俺はガレルスの首に宝剣を突きつけた。
「ま、待てよ。ソロン。早まるな。オレを殺すつもりか?」
俺が無言のままガレルスを見下ろすと、彼は冷や汗をかき、怯えた目で俺を見上げた。
「わ、悪かった。オレが悪かった。なんでもするから許してくれ。金ならいくらでもやる。俺の家の力で貴族の称号を用意してやってもいい。そうだ。美女の奴隷だって譲ってやる。だから――」
「殺しはしないさ。……けど、少し黙っておいてくれないかな」
俺は宝剣を左手に持ち替えると、右の拳でガレルスの頬を殴り飛ばした。
ぐふっ、と変な声を上げたガレルスは、今度こそ動かなくなった。






