109話 女賢者アルテの破滅
その場に鮮血が飛び散った。
クレオンの聖剣がフローラを正面から斬りつけたのだ。
フローラは悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。
占星術師の黄色の服が血で染まっていく。
クレオンが静かに言う。
「君が僕のやり方に批判的なのは気づいていた。さっきの水晶剣を避けなかったのは、君が裏切り者であるのを明確にするため。……僕は救国騎士団の団長であり、攻略隊の実質的な指揮を執っている。その僕をフローラは殺そうとした。だからフローラは国家反逆罪にこの場で問うことができる」
「あなたさえいなければ………お姉ちゃんがあんなひどいことをしたり……ソロン先輩が追い出されたりしなかったのに」
フローラは苦しそうな息で言う。
そのフローラの言葉をクレオンは無視し、代わりに透明な杭のようなものをフローラの胸に打ち込んだ。
フローラがもう一度甲高い悲鳴を上げる。
そして、完全に硬直した様子のアルテへとクレオンは向かう。
慌てて俺はフローラのもとへ行き、身を屈めた。
かなりの重傷だから、速く手当をしないと手遅れになる。
それに透明な杭も気になる。なにかの魔装具だとは思うのだけれど、見当がつかないし、引き抜くこともできなかった。
俺が回復魔法を使いはじめると、フローラは首を横に振った。
「私は……悪い子なんです。魔王の子孫たちにひどいことを……」
「喋っちゃダメだ。助かるものも助からなくなる」
「私よりも……お姉ちゃんを……」
振り返って見ると、クレオンはぽんとアルテの肩に手を置いていた。
「安心しろ、アルテ。魔王は滅んでなんかいない。フローラ程度の力で消滅させられるなら、サウルが二千年もここで封印し続けている理由がない」
「魔王が……生きている?」
アルテの問いにクレオンはにっこりと微笑み、素早くアルテの胸のあたりに、同じく透明な杭を打ち込んだ。
アルテが大きく目を見開き、「あぁっ」と小さく悲鳴を漏らした。
クレオンは声を張り上げた。
「この女アルテは、貴族の娘であるライレンレミリアに暴行を加え、皇女フィリア殿下を誘拐しようとした。その罪は軽くないので、ここで誅罰を与える」
「それは……クレオン先輩だって知っていたことじゃないですか」
「嘘を言ってもらっては困るな。カレリアの告発で初めて僕も知ったんだ」
双剣士カレリアはためらいなく、クレオンの言葉に同意した。そして、カレリアはアルテに脅されて、嫌々悪事に加担させられていたのだと言った。
けど、嘘をついているのは、クレオンのほうだ。
アルテの悪事はクレオンの承認のもとで行われていたはずで、仮にアルテの暴走だとしても事後にすべてクレオンが黙認してきたに違いなかった。
だから、クレオンは何らかの理由でアルテに言いがかりをつけて、この場で粛清しようとしているのだ。
「他にも騎士団財産の横領や、平民の娘を拉致して違法に奴隷としていたことなど、君の罪状は数え切れないほどある。そして、君の妹と結託して、僕を謀殺しようともした」
「違う! フローラがそんなことをしようとしているなんて、あたしは知らな――きゃあああ!」
クレオンがうずくまるアルテを蹴り上げた。
そして、その髪をつかみ、顔を引きずり上げる。
「どんなことにも犠牲はつきもの。大きな力を得るためなら、どれほどの犠牲を払ってもかまわない。アルテはそう言っていたはずだ。なら、君自身が犠牲になってもらおう!」
クレオンの言葉と同時に、アルテの胸に打ち込まれた透明な杭が赤く輝きはじめた。
「ああっ……きゃあああああ! 誰か助け――あああああああああああっ!」
アルテが耳を貫くような絶叫を上げ、その場にのたうち回った。
よほどの激痛が走っているのだ。
それと同時にアルテの身体から魔力の奔流が生じていた。
激痛の理由はおそらく無理やり魔力を奪われているからだ。
それはフローラも同じだった。もともと重傷を負っているフローラにとってはより大きな負担だったろう。
フローラは激しい苦痛に喘ぎながら、救いを求めるように俺を見た。
ともかくフローラの血だけでも止めないといけない。
が、誰かが俺の肩をぽんと叩いた。
クレオンだった。
「ソロン。君がこの女たちを助ける理由はない」
「だけど……」
「君は助ける相手を選ぶべきだ。そうでないと……すべてを失うことになるぞ。もうこの二人は助からない。魔王復活のための生贄になってもらうんだからな」
「アルテとフローラが?」
「ああ。この二人は優秀な魔術師だ。そして、魔王の子孫を大量に利用し、壊れるまで使って魔力を高めていた」
「クレオンが二人に魔王の子孫を利用させていたんだろう?」
クレオンは俺の言葉を無視して続けた。
「アルテとフローラの血はかなり魔王の子孫に近づいている。そして、生贄そのものが優秀な魔術師であればあるほど、より効率よく魔王復活の媒体とすることができるんだ。つまり、魔王の子孫そのものを犠牲にするより、この二人を使ったほうが成功する可能性が高いということだ」
「フィリア様を生贄にして魔王を復活させるというのは……」
「フローラがそんなことを言っていたか? ああ、たしかにアルテはそのつもりだったのかもしれない。だが、僕はこの帝国の忠実な臣下だ。そんな畏れ多いことをするはずがないだろう?」
クレオンは愉快そうに笑った。
足下ではフローラがもう悲鳴を上げる力もなくしたのか、うわ言のように「助……けて」とかすれた声で言っていた。
俺の回復魔法による回復だけでは、フローラの消耗が速すぎて、明らかに間に合っていなかった。
けれど、他にフローラを、そしてアルテを助けようとする冒険者はいなかった。
アルテは逃亡しようとする攻略隊の冒険者たちを力づくで戦わせていたし、そもそも恨みを買っていた。
特に、俺の味方の冒険者たちにはアルテを助ける理由なんてまったくなかった。
召喚士ノタラスや剣士ラスカロスはアルテの宿敵だ。
黒魔道士ナーシャは、むしろアルテを殺したいと思っている側だろう。
ナーシャの主であるライレンレミリアに、なかば廃人化するまで酷い暴行を加えたのは、アルテだった。
そして、フローラはそのアルテの妹で、しかもクレオンを殺そうとした。
あえてクレオンの敵となろうとする人間は誰もいなかった。
俺は震える声で尋ねた。
「いったいクレオンの目的はなんなんだ? 魔王を復活させるのは、クレオン自身のためで、しかもそれが教会の禁忌に触れるんだろう? フローラはそう言っていた」
「アルテの罪の中で最も許せないのは……アルテがシアを侮辱したことだ」
その話がクレオンの真の目的とどう関係するのか、一瞬わからなかったが、俺ははっとした。
教会の禁忌に触れ、そして、魔王の力を使うほどの莫大な魔力を必要とする魔法。
そして、クレオンが真に望むこと。
「かつての僕たちの仲間、死んでしまった少女を生き返らせること。シアの蘇生、死者の復活こそが僕の目的だ」
クレオンは決然とした様子で、言い切った。






