108話 フローラの誤算
その場の誰もが「理解できない」という顔で、フローラとクレオンを見つめていた。
フローラが水晶剣をクレオンから抜くと、クレオンは糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
なぜフローラがこんな凶行に及んだのか。
姉のアルテの指示を出したのかと思ったが、アルテもまた、大きく黒い瞳を見開き、信じられないという表情をしていた。
フローラが水晶剣をかざして言う。
「クレオン先輩は……魔族に魂を売ったんです」
「魔族に魂を売った?」
俺が問い返すと、フローラはうなずいた。
「人類の敵であり、古代王国を滅ぼした魔王の復活。それがクレオン先輩の目的でした」
フローラの言葉は過去形だった。
すでにクレオンは死んだということだろう。
「魔王の復活によって手に入れた力を自分のために……しかも教会の禁忌に触れる目的のために使おうとしたんです。だから……それを止めるには……こうするしかなかったんです。これは帝国教会の命令でもあります」
フローラは意外なことを言い出した。
クレオンを殺したことの正当性をどうやって担保するつもりだったのか、俺は気になっていた。
けれど、教会の権威がフローラの背後にはあるらしい。
ともかく、わかったことが一つある。
「遺跡の崩落を起こしてクレオンを殺そうとしたのも、フローラだったのか」
翼虎を倒した直後、遺跡の床が抜け、俺とクレオンは一緒になって遺跡の狭間に落ちていった。
そのとき、フローラの姿は不自然に見当たらなかった。
「本当はあのとき、クレオン先輩には退場してもらうつもりでした。でも……ソロン先輩を巻き込んでしまうのは想定外だったんです。私はソロン先輩に危害を加えるつもりはありませんでしたし……それに、ソロン先輩は皇女殿下の魔力の加護を受けていましたから、魔族の毒が効きませんでした」
結果として、俺の助けでクレオンはそのときは生き延びた。
フローラは計画を変更し、遺跡攻略の最後にクレオン謀殺を行うことにしたらしい。
大勢の前でクレオンを殺すのは、フローラにとってはかなり危険なはずだ。
現に双剣士カレリアは想い人を殺され、今にもフローラに斬ってかかろうとしている。
この場の誰もが、フローラの敵になってもおかしくなかった。
それでもフローラには勝算があるということだろう。
「来たれ、聖霊よ!」
フローラは水晶剣が一振りすると、その背には白く輝く翼が生えた。
聖人サウルの物であった水晶剣。
サウルの力の秘密はこの剣にあったらしい。
フローラはいまや神と聖霊の力を手にしている。
加えて、フローラには魔王の子孫から得た魔力と、そしてサウルと違って、最新の魔術の知識がある。
速めに手を打たないと対処不能となると思ったのか、カレリアが一歩踏み込み、二つの宝剣を繰り出した。
しかし、フローラは微動だにしないのに、カレリアの剣は届かなかった。
短い衝撃波が放たれ、カレリアはそれに阻まれ、弾き飛ばされた。
フローラは水晶剣に目を落とし、弱々しく微笑んだ。
「これだけの圧倒的な力があれば……もう私は何にも怯えなくて良くなるの。そうでしょう、ソロン先輩?」
「こんな方法を使わなくたって、フローラは何にも怯える必要なんてなかったはずだ」
俺がつぶやくと、フローラは首を横に振った。
「先輩は力がなくても強くいられるかもしれません。でも、私は違うんです」
それからフローラは剣を高く掲げた。
その先には、黄金色に輝く巨人、つまり魔王アカ・マナフがいた。
「けれど、力のために魔王を復活させたりはしません。聖人の力と違って、これは悪しき力ですから。いずれ制御できなくなりますし……復活のためには大きな犠牲を払う必要があります」
そしてフローラは三度目の占星魔法を詠唱した。
聖人の力は、三回連続の占星魔法攻撃の実現を可能にしたようだった。
次の瞬間、魔王が青白い光に包まれる。
その黄金色の巨体は炎で赤く煌めきながら、激しく燃え、やがて燃え尽きた。
魔王は消失した。
魔王復活のために必要となる犠牲は、フィリアだった。フローラは大図書館で言ったとおり、攻略を成功させ、そして、フィリアを守るという約束を果たしてくれたらしい。
「どうして……?」
アルテは呆然としていた。
魔王の力を使って、魔術師としてのさらなる高みを目指す。
力こそすべてという考え方のアルテにとっては、目の前で魔王を燃やされたのはショックだったろう。
それに、聖人の強大な力を手にしたのも、アルテではなくフローラだった。
フローラは微笑んだ。
「大丈夫。……これからは私がお姉ちゃんを守ってあげるから。もうクレオン先輩もいないもの」
「誰がいないって?」
背後から低い声がした。
フローラがハッとした顔で振り返ったが、遅かった。
ほとんど人間技とは思えない速さで聖剣が繰り出され、フローラの水晶剣を捉えた。
水晶剣は弾き飛ばされ、フローラの手から落ちる。
フローラの後ろに立っていたのは、聖騎士クレオンだった。
胸に大きな傷痕を負っているが、クレオンはまったく動作に支障はなさそうに見えた。
普通の人間だったら、どう考えても致命傷になっているはずだ。
いや。
クレオンはもう普通の人間ではないのかもしれない。
聖剣は黒く濁ったオーラをまとい、クレオンの肌には複雑で不気味な赤い模様が浮かんでいた。
クレオンが余裕の笑みを浮かべる。
「僕が君の裏切りに気づいてなかったと思うか?」
クレオンはフローラに聖剣を振り下ろした。






