106話 使ってはならない力
サウルの魔法陣から放たれた青い光を見ても、フローラは攻撃の展開をやめなかった。
攻撃によって、すべての敵の魔法陣を消去してしまう必要がある。それに一度展開すると簡単には中断できない。
そして、一度使うのをやめてしまえば、占星魔法は魔力切れでその戦闘中は再開もできなくなる。
敵の光魔法がフローラを捉える前に、俺の宝剣テトラコルドによる防御が間に合った。
俺は宝剣をまっすぐに構え、フローラに届かないように宝剣の刃で魔法攻撃を受け止める。
「そ、ソロン先輩!」
フローラが上ずった声で俺の名前を呼ぶ。
振り返ってその顔を見ることはできないけど、フローラの声にはかなりの怯えがあった。
それはそうだろう。
こんな化け物じみた敵の攻撃を受ければ、跡形もなく消えてしまう可能性だってある。
俺は宝剣の柄を強く握りしめ、魔力を用いて魔法への抵抗力を高めた。
青く輝く光が宝剣に降り注ぎ、刃が光を乱反射させる。
目の前には幻想的な風景が広がるが、俺はそれどころじゃなかった。
これはやっぱり防ぎきれないかもしれない。
宝剣テトラコルドは優秀な魔法剣で様々な小技が使えるが、耐久力にかけてはそこそこといったところだった。
加えて、俺の魔力量は大したことがないのだ。
宝剣が火花を散らし、赤みを帯びてきた。
そして、耳障りの良くない音で軋みはじめる。
限界が近づきつつあるが、サウルの魔法陣は止まる気配がない。
フローラの攻撃で魔法陣は消えていっているものの、問題の魔法陣が消えるのはあと少し時間がかかりそうだった。
まずい。
俺はサウルの光魔法に飲み込まれるのを覚悟した。
「ソロン!」
そのとき、フィリアの声がした。
ここで俺が死ねば、フィリアを守ることも、フィリアに魔法を教えてあげることもできなくなる。
そのとき、不思議な感覚に襲われた。
なにか外側から温かい物が流れてくるような気がする。
切れかけていた俺の魔力が満たされていく。
そうか。
フィリアと魔力経路がつながっているから、その魔力の一部が俺に俺を助けてくれているのだ。
宝剣テトラコルドはなんとか持ち直し、サウルの魔法陣の攻撃に数秒ほど耐えた。
その次の瞬間、ラスカロスが俺の前に飛び出して、サウルの攻撃魔法を弾き返した。
ラスカロスは聖ソフィア騎士団きっての実力者だったし、それにサウルの魔法陣からの攻撃も勢いを失いつつあったから、防ぐことができたのだと思う。
ほぼ同時にフローラの魔法がサウルの残りの魔法陣を一掃する。
なんとか危機は脱したわけだ。
けれど、事態は解決したとは到底言えない。
「そこの占星術師の攻撃はなかなか良い魔術だったね。けれど、魔力量からしても人間が短時間で使えるのは一度切りのはずだ」
サウルは穏やかな笑みを浮かべた。
かなりの魔力を消化したとはいえ、サウルは相変わらず無傷のままだった。
それにサウルに有効なほどの威力をもつ攻撃は、フローラの占星魔法ぐらいだった。
けれど、フローラは魔力を使い切り、占星魔法をもう使えない。
そのはずだった。
フローラはおもむろに高く杖を掲げた。
その杖が青く輝き始め、大きな魔力の渦が集まっていく。
周りの冒険者達が驚きに目を見張る。
それは俺も、そしてサウルも同じだった。
「これが私の秘策です。……占星魔術による攻撃は一度の戦いで使えるのは一度きり。以前の私はそうでしたが、今の私は違うんです」
フローラはもう一度、占星魔術による攻撃を行おうとしている。
サウルは絶句していたが、やがて、納得したようにため息をついた。
「なるほど。君は……ただの人間じゃない。使ってはならない力に手を染めたな。それは魔王の子孫たちを犠牲にして、手に入れた力だろう?」
フローラは無言でうなずいた。






