104話 わたしに勝利を!
俺はやむなく宝剣テトラコルドを抜いた。
目の前に聖人サウルの光魔法が迫ってくる。
けど、サウルの放った光の攻撃魔法を受け止められる自信があるかといえば、俺にはまったくなかった。
相手は二千年前から生きてきた伝説の聖人で、神と聖霊の加護を受けている。
しかも、サウルは勇者ペリクレスら凄腕の冒険者を倒してきたのだ。
そんな敵と真正面から戦って勝てるはずがない。
俺は宝剣を振りかざした。
宝剣で攻撃を受け切るわけじゃない。
そのフリをしただけだ。
ちょっと間をおいて俺は叫ぶ。
「俺の後ろにいる人たちは左右にわかれて避けてくれ!」
そう言ってみたものの、すでにほとんどの冒険者は光魔法を怖れて、その進路から逃げていたようだった。
タイミングを見計らって俺も攻撃をかわすことを決めていた。
フィリアだけは俺のそばにいたので、俺はフィリアを腕で抱きこむと大きく右へと倒れ込んだ。
フィリアが小さく悲鳴を上げる。
でも、これで光魔法の向かってくる方向から、俺たちは外れた。
こんな規格外の攻撃はかわしてしまうのが一番だ。
サウルの光魔法は、俺達の背後の壁に激突し、大理石を大きく砕き削った。
仮にこんなものが直撃すれば、いくら宝剣でも無事ではすまない。
俺に代わって、クレオンが聖剣を握り、前へと出る。
あの攻撃を受け切る自信があるんだろうか。
ともかく、態勢を立て直さないといけない。
ちょうど俺はフィリアを押し倒した格好になっていて、フィリアはちょっと恥ずかしそうに頬を染めていた。
「大丈夫ですか?」
「……うん。ソロンのおかげで」
俺たちはすぐに立ち上がった。
いつサウルの攻撃に再び襲われるかわからない。
いまのところ、サウルはクレオンと対峙し、二度目の攻撃は控えているようだった。
静かに彼は言う。
「さあ、この力を見て、なお私と戦おうと思うのかな?」
「当然だ」
クレオンは即答する。
よほど確かな勝算があるんだ
ろうか。
一方のサウルは俺たちに対してもう一度降伏を勧告した。
「どうして君たちがここまで来る間、魔族が少なかったのかわからないのかな? 私が君たちとの戦いに備えて、魔力を用意するために捕食したんだよ。つまり」
サウルが水晶剣をかざす。
すると、広間の天井近くに、円の中に複雑な図形が組み合わせた魔法陣が一つ展開した。
いや、一つじゃない。
サウルが水晶剣をもう一振りすると、魔法陣は二つに増え、さらに三つとなり、一瞬のうちに天井を覆いつくすほどの数になった。
そのどれもが古代王国時代の文字で書かれている。
リサたちは顔を青くして天井を見上げていた。
この魔方陣の一つ一つから、さっきみたいな攻撃が放たれるとすれば。
あっという間に全滅だ。
フィリアが俺の袖を引く。
「ソロン……わたしたち、勝てるのかな?」
そもそも相手は聖人で、しかも圧倒的な力を持つ敵だから、戦うべきではないと思う。
でも、やる以上は敵を打ち倒せないと困る。
フローラだって秘策があると言っていたし、信じたいところではあるけれど。
でも、俺は正直に言った。
「サウルを倒すことができるのかはわかりません。ですが……」
俺はあえて微笑んでみせた。
「フィリア様がここから無事に帰れるようにはしてみせます。それが俺たちにとっての勝利なんですから」
フィリアは一瞬きょとんとして、すぐに「そうだよね」と嬉しそうに声を弾ませた。
そして、フィリアは俺の頬にそっと手を触れた。
「ソロン……わたしに勝利を!」
 






