103話 ネクロポリス最後の戦いの始まり
目の前の青年は伝説上の聖人サウルそのものの姿をしていたし、紛れもなく聖霊の力を使っていた。
だから、俺の目からすれば、そこに本物の聖人がいるように思えた。
他の冒険者たちも同じで、アルテの言葉にみんな戸惑いとためらいを感じているようだった。
アルテはよくとおる声で続ける。
「帝国教会の聖人が悪魔との混血だったり、魔族の心臓を食べたりするわけないじゃないですか。だいいち、聖人だというなら、こんな遺跡にいるはずがありません」
アルテの言葉はいちおう説得力のあるものだった。
たしかに、はるか昔に死んだはずの聖人が地下深くで遺跡の番人をやっているなんて、荒唐無稽だ。
だが、サウルは涼しい顔で答えた。
「私は使命を帯びているからここにいる。この世に甦らせてはいけないものを封じているんだよ」
おそらく、サウルの守っているというものっこそ、古代王国を滅ぼしたという魔王だろう。
この遺跡で最も価値のある存在で、そしてクレオンとアルテが狙ってるものだった。
「君たちがここから引き返すというなら、危害は加えない。もっとも帰りの道中の安全までは保障できないけれども」
サウルが穏やかな笑みを浮かべて言った。
しかし、アルテはサウルの言葉が聞こえなかったかのように無視し、声を張り上げた。
「みなさん。この魔の者の言うことに騙されてはいけません。こいつが偽者だってことは、あたしたちの帝国教会総大司教ヘスティア聖下の回勅からも明らかです!」
そう言うと、アルテは一枚の紙を取り出した。それは銀色の墨で縁取られていて、たしかに総大司教の金印が押されていた。
そこにはネクロポリスでサウルの名前を語る者がいても、それは真の聖人ではないという旨が書かれていた。
ここ数十年で威光は衰え続けているとはいえ、帝国国教は帝国臣民の大多数が熱心さの程度の差はあれ信仰している。
その国教の最も身分の高い聖職者の言葉といえば、かなりの権威がある。
信仰の問題のせいで目の前の青年を攻撃するのをためらう必要は少なくともなくなる。
けど、総大司教は一度もこの遺跡に来たことはないはずだし、この遺跡の情報だって記録で少し残された程度のはずだ。
なのに、どうして遺跡の奥深くにいる人物が聖人サウルでないと総大司教は断言できるのか。
俺がそう指摘すると、アルテはにやりと笑った。
「総大司教聖下の言葉を疑うつもりですか? そんな畏れ多いことが、ただの魔法剣士の先輩に許されるとでも思うんですか?」
「教会をどうやって抱き込んだのか知らないが、聖下自らがここにいれば考えを改められるはずだ」
「それは先輩がそう言っているだけにすぎません。……さあ、皆さん。聖人の名を騙る不届き者にあたしたちの手で誅罰を!」
まだ多くの冒険者たちにはためらいがあるようだった。
そのとき、クレオンが横から口をはさんだ。
「ここで引き返せば、これまでに犠牲になった冒険者たちはどうなる?」
はっとした顔を多くの冒険者がした。
ここまで来るのに、あまりにも大きな犠牲を払いすぎた。
重傷を負って再起不能となった魔術師、命を落とした剣士。
そういった人たちがかなりの数いる。
「彼ら彼女らの犠牲を無駄にしてはいけない」
クレオンが言うのとほぼ同時に、アルテが杖を高く掲げた。
「昏き門より現れしもの、現し世の炎より疾くあれ。……燃やし尽くせ!」
止める間もなかった。
アルテの呪文とともに、青く光り輝く魔法陣が展開し、そのなかから紅蓮の炎が放たれる。
その炎がサウルを直撃した。
「やった!」
アルテが小さくつぶやいていた。
不意打ちとはいえ直撃を食らわせたはずで、アルテからすればかなりの傷を負わせられたと思ったのかもしれない。
しかし、煙のなかから姿を現したサウルは服は燃えていず、髪は焦げ跡一つなく、傷もまったく負っていなかった。
アルテが舌打ちし、一方のサウルは俺たちに向かって不思議な微笑をした。
「愚かだね。人数がいれば神の力に打ち勝てると思ったのかな。だけど……それは誤りだ」
サウルが水晶剣を一振りすると、目を開け続けていられないほどのまばゆい光が生じ、それが一つの束となってこちらに襲いかかってきた。
もちろん最初に狙われるのは、一番先頭にいてサウルと話していた俺だった。






