102話 聖人サウル
はるか昔に滅んだ王国の首都。
その遺跡の地下深くに人間がたった一人でいる。
そんなことはありえないはずだが、目の前の銀髪の青年はそう主張している。
俺は肩をすくめた。
「どうにも信用のできない話だね」
「人間といっても、普通の人間ではないのさ。私は悪魔との混血者でね。そこの娘と同じで」
そう言って、銀髪の人物はフィリアを見つめた。
びくっとフィリアが震える。
他の冒険者たちがざわめく。
フィリアが悪魔の血を引くのは、伏せてある。
宮廷では公然の秘密だとは言っても、冒険者たちが知っているような話ではない。
アルテのように気づいた者もいたかもしれないが、少なくとも大々的に言われるのは嬉しい事態ではなかった。
俺は自分の顔がひきつるのを感じた。
「悪魔の血が強く出ていれば、普通の人間と違って歳を取りにくくなるんだよ。特に魔族を捕食している限りは、なおさらね」
「不老不死ということかな」
俺の問いに相手はうなずいた。
「それに近い。そして、私は二千年前からこの遺跡を支配している。私の名前はサウル。聞いたことはあるだろう?」
俺は押し黙った。
サウルといえば、帝国教会の七大使徒の一人だ。
聖霊の加護を受けたという、伝説上の開教の聖人である。
サウルは正しき教えを広め、そして古代王国に迫害されて殉教した。
帝国教会ではそう教え、サウルたち七人の使徒を崇拝の対象としている。
そんな伝説上の人間が目の前にいて、しかもこの遺跡の番人だという。
サウルと名乗った人物は、俺の内心を見透かしたように、静かに言う。
「私がサウルだということを、君は信じていないね。後ろにいる何人かは違うようだけれど」
振り返ると、無言のクレオンやアルテたちが、眉一つ動かさずこちらを見ていた。
これもクレオンたちにとっては予測していた事態らしい、
たしかにかつて攻略に失敗した勇者ペリクレスは、ネクロポリスで「神に裏切られた」と書き記している。
敵が帝国教会の聖人だということなら、神に裏切られたとも言いたくなるだろう。
けど、おかしな点だらけだ。
二千年前に死んだはずの聖人が生きていて、しかも悪魔との混血者だという。
少なくとも現在の帝国教会の教えでは、悪魔は迫害されるべき異端のはずだった。
「信じられないのも無理もない。私が聖人サウルだという証拠を見せてあげよう」
サウルの言葉と同時に彼の背が輝きはじめた。
そして、その背中から純白の翼が生える。
「来たれ、聖霊よ」
サウルの言葉と同時に、大理石の床が白く光り、そこから美しい透明の剣が取り出された。
サウルは右手にその水晶の剣を握り、俺たちにそれを向けた。
冒険者たちが息を飲む。
銀色の髪。人でありながら持つ白い翼。
そして、何より水晶の剣。
どれも絵画のなかで描かれる聖人サウルの象徴だ。
何より、神の分身である聖霊を召喚したことが、決定的な証拠だった。
サウルの背後には、明るい白光が射していて、聖霊の加護を受けていることを示していた。
「さて、諸君。神に楯突くつもりかな?」
なるほど。
伝説的な冒険者たちですら、死都ネクロポリスをずっと攻略できてこなかった理由。
それがわかった。
冒険者たちのほとんどは帝国教会の信者だ。
その聖人と戦うなんて、思いもよらないことだろう。
実際に、攻略隊の冒険者を見回すと、ためらいと恐怖が顔に浮かんでいる。
帝国国教の力は、単なる絵空事ではない。
教会に選ばれた聖女ソフィアは規格外の力を持つ魔術師だ。
なら、聖霊の加護を直接受けたというサウルの実力は計り知れないものがある。
そのとき、アルテが進み出た。
アルテの顔には不自然な微笑が浮かんでいる。
「情報通り、魔族の手先が現れましたね。あたしたちを惑わすこの銀髪の青年は聖人サウルなんかではありません。……偽者なんです」
アルテはためらいなく言い切った。






